ヴェルサイユ城に因んだ馬の話をもう少し。

お城を背に、悠然と立つルイ14世の馬像。

その両側に、歴代フランス王の馬たちが暮らした厩舎があります。

アルム広場の正面を貫くパリ通りの北側がGrande Écurie(=大厩舎)、南側がPetite Écurie(=小厩舎)。ただし、この大小は大きさでは無く、用途に応じて使い分けられていました。

1679年、バロック建築の第一人者の一人であり、王室の建築家であったJules Hardouin-Mansart(=ジュール・アルドゥアン=マンサール)によって設計され、1682年に竣工。それまでに建設された厩舎の中でも最高にして最大の規模を誇りました。

当時、馬は権力や地位、財力、そして支配力の象徴として重んじられ、左右対称、威厳に満ちたヴェルサイユ城の見事な厩舎は、近隣諸国を圧倒したのです。

大厩舎には、主に狩猟や戦争に使われる馬や王と王子の馬が飼養され、小厩舎には日常的に使われる馬を飼養し、そりや馬車などが保管されていたのだそうです。

大厩舎を管理するMonsieur le Grand=the Grand Écuyer(=大厩舎長)は、厩舎の管理だけでなく、王の馬を育て、王の移動に関する全般を指揮し、儀式や祭典等の運営も担っていました。さらに、王の従者を指導し、若い貴族を教育するために作られた馬術アカデミーの監督をも務めていたので、その権力は領地全体に及び、絶大なものがありました。

ちなみに、ルイ14世が即位した1643年からフランス革命までの約150年間、この大厩舎長を輩出していたのがMaison de Lorraine(=ロレーヌ家)であり、ヴェルサイユ城の大厩舎建設にも重要な役割を果たしたと言われています。

ブルボン朝の最盛期、ルイ14世の治世中には、厩舎はもっとも重要な部門の一つとして考えられ、ヴェルサイユ城だけでも1,000頭を超える馬を飼養し、馬丁や御者、従者をはじめ、鍛冶屋や馬具製造業者、音楽隊から馬の獣医に至るまで1,500人以上の男性が働いていました。

さらに、王朝が滅びるまでの間には、馬の数は2,000頭以上に膨れ上がり、それと同時に従事する人々の数も増加の一途を辿ったのです。

一方で、厩舎の拡大はフランス馬術の確立にも繋がりました。17世紀後半から19世紀にかけて、

それまでの質実剛健な馬術から、馬の自然な動きを妨げず、馬とライダーの完全調和を実現する騎乗スタイルへと移り変わり、ヴェルサイユ・馬術アカデミーの優雅な馬術は瞬く間にヨーロッパ中に広がり、エレガントな騎乗姿が人気を博しました。

 

その後は、王朝の衰退、政治の混乱と共に、ヴェルサイユ城もまたその輝きを失います。1870年のフランス第三共和政の際には厩舎も解体され、1900年代に入ると自動車の普及により、馬はその役割を終えました。

ただ、現存するヴェルサイユの大小厩舎は共にフランスの繁栄と当時の文化を今に伝える施設として活用されています。

小厩舎の一部は、Ecole Nationale Supérieur d’Architecture de v(=ヴェルサイユ国立高等建築学校)の校舎や、Centre de recherche et de restauration des musées de France(フランス美術館研究修復センター)の施設として利用され、蹄鉄製造所の正面玄関はフランスの歴史的建造物に指定されています。

また、大厩舎の一部はGalerie des Carrosses=Gallery of Coaches(=馬車博物館)として一般公開され、世界中から再収集された歴代王の絢爛豪華な馬車が展示されています。建築様式をそのままに修復し、当時の空気を肌で感じられるのが一番の魅力です。

最後にもう一つ。この大厩舎に馬術アカデミーを再興したのがBartabas(=バルタバス)でした。1957年、フランス生まれのバルタバスは、1984年に騎馬オペラ・ジンガロを結成。卓越した騎乗技術で馬を操り、人馬一体で表現する舞台芸術が注目を集め、2003年にヴェルサイユの大厩舎にスペクタクルアカデミーの創設を許されたのです。

以前は、ヨーロッパを中心に世界各地を巡行していたジンガロ。2005年と2009年には、東京・木場の特設会場で来日公演も実現し、日本でもその名を広めました。そして、ヴェルサイユに本拠地を得てからは、Académie équestre nationale du domaine de Versaillesの定期公演としても、来場者に騎馬ショーを披露しています。

新たな年は、ヴェルサイユをはじめ、世界中の美しい馬たちと会える年となりますように。

皆さま、どうぞ良いお年をお迎えください。

 

 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。