馬面と言えば、長い顔と立派な前歯!

まるで笑っているようは表情も、特徴的な前歯がなせる技。

今回はそんな彼らの「歯」について、お話したいと思います。

「歯は命」とはよく言ったもので、動物にとって歯の働きは生きることそのもの。

草食動物であろうと、肉食動物であろうと、歯の成長や衰えは寿命と直結しています。

もちろん、馬たちも同じ。

一見すると大きいだけの前歯も、実は頑丈な上に繊細。奥歯に当たる臼歯は、咬合面が広く、奥深くまで伸びた根が支えています。

では、牧場に放牧されている馬の姿を想像してみてください。

そう!彼らは一日中、下を向いて草を食んでいるのです。

前歯で草を切り、奥歯ですり潰す。これを繰り返しながら、長い時間をかけて少しずつ食べ続けるのが馬本来の生活スタイルでした。

一般的に馬の歯は、生後3~5年ほどで永久歯に生え替わると考えられています。そして馬の歯は一生、年間数ミリ程度伸び続けます。人も乳歯から永久歯へと生え替わりますが、一度生え揃うとそれ以上は伸びません。これは、馬の歯が長時間に及ぶ磨耗によってすり減っても、きちんと役割を果たし続けられるようにと、太古の昔から彼らが得た特別な機能でした。

ところが、時代と共変化した馬たちの生活スタイルは、彼らの歯に思わぬ支障をもたらします。

人が厩舎で馬を飼養するようになると、毎日、決まった時間に給餌されることになります。また、根の生えた草を地面から喰い千切るのではなく、刈られた草や穀物類が与えられるようになると、すり潰す時間も短くなります。一日中口を動かし、咬合させていた生活が一変し、すり減るはずの歯も減らなくなってきたのです。

ただ、馬にとって不自然な噛み合わせを、人が把握することは容易ではありません。人の指程度は簡単に噛み砕ける前歯、奥深く、暗い奥歯、そして強靱な顎を考えれば、馬の口の中を探ることすらも危険です。多くの場合、歯の不具合が原因で食が細くなっていたり、食べこぼすようになっていたとしても「もう歳だから」と判断されているのが現状です。

けれども近年、馬の歯に関する研究は画期的に進んでいます。特に競馬や馬術などのアスリートホースの世界では、Equine Dental Technician=馬の歯科技工士の存在にも注目が集まっています。

例えば、ダービーを夢見る競走馬にとって3歳といえば、歯の生え替わりの真っ只中。乳歯一つの存在が良血馬のパフォーマンスに影響を与えることも往々にして考えられます。そんな時に、馬の口の中を見るのが馬の歯科技工士の仕事です。不具合を確認し、歯並びを整え、治療の必要性を獣医師に報告するなど、専門的家として適切な判断を下します。

また、馬の歯科技工士による定期的なチェックが定着することにより、ジャンプの衝撃やストレスによって歯列に影響を及ぼしていたり、歯肉炎や歯槽膿漏など慢性的な不具合や故障についても、データ化と情報の共有が進んでいます。

遥か遡る人と馬との歴史を考えれば、馬の歯の研究はまだ始まったばかりと言わざるを得ません。また、馬の歯科技工士が施す処置と獣医師による治療との境界が難しく、「馬の歯科技工士」という資格を公式に認めている国や地域が少ないのも現実です。

それでも、人によって生活スタイルの変更を余儀なくされてしまった馬たちのことですから、少しでも彼らが健康で快適な日々を過ごせるように……人の医師、歯科医師、馬の獣医師と同じように、馬の歯科技工士の存在が不可欠になる日が来ることを願わずには入られません。

 

 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。