*1989 造成中のKiawah Ocean Course

 

 2021年度全米プロ選手権(PGA Championship)も予定通り開催となり、スーパー50ことフィル・ミケルソンが2度目の栄冠を手にしました。

2018年にそれまでの8月から5月への変更が伝えられましたが、昨年サンフランシスコ、ハーディングパークGCでの大会はコロナ蔓延の影響から9月に延期され開催されました。日系のコリン・モリカワが−13アンダーで2位のポール・ケーシー, ダスティン・ジョンソンに2打差をつけて勝利したことは記憶に新しい出来事です。

キアワオーシャンコースでは2012年に全米プロが開催され、厳しいハードセッティングと当時トータル7,676ヤードにも及ぶ最長距離に多くの選手が苦しめられる中、ロニー・マキロイが2位に8打差の-13アンダーで見事優勝しました。

前年全米に備え、それまでTDf Bermuda系の芝をティからグリーンまで葉の密度が濃くシーサイドコースに適したPlatinum Paspalum Grassに変更しました。これによってグリーンの転がりは本場リンクスのFescue(フェスキュー)芝に近い滑りが出るようになりました。マキロイはその違いを練習ラウンドの段階で強く感じ、攻略法を練ったと述べています。ちなみにマキロイは14年度バルハラでの大会でも-16アンダーで全米プロ選手権2度目の栄冠を手にしています。

*91年ライダーカップ時のオーシャンコース。

 

キアワオーシャンコースが91年度ライダーカップ開催を目的として造られた事は皆様たちもよくご存知の事と思います。しかし意外に知らされていない事としてあの年のライダーカップは西部のパームスブリングスで86年に完成したPGA Westスタジアムコースで開催する予定だったのです。それが欧州との時差、放映時間を考慮し、米国ゴルフ界の重鎮たちが一斉に動き、欧州の時間帯に3時間近づく米国東部キアワアイランドの東先端の海岸線に新コース計画を立ち上げました。PGA Westを開発したLand Mark社がアドバイザリーに入った事もあり設計家にPete Dyeが選ばれたのです。

* PGA West Stadium Course

 

89年にスタートしたこのプロジェクトは途中ハリケーンヒューゴの被害にもあい、スタッフは完成まで1日18時間労働を費やした日も多かったのです。ヒューゴで荒らされた土地の修復期間を除けば、コースは僅か1年足らずの造成期間で仮オープンを迎え、ライダーカップに備えたのです。

 

1991年のライダーカップ開催から今年で30年が経ちますが、上のスコアカードは91年当時のものでライダーカップはこのトーナメントティ72〜7356ヤードで行われました。2012年マキロイがぶっちぎり優勝した全米プロではトータルヤーデージが最大7676ヤードになり、今年の大会では7,876ヤードに延長されました。スロープレート144 コースレイティング 77.2のモンスターコースに化しました。

実はオーシャンコースの造成が始まった89年、Pete Dyeが「オーナーから拒否はされるかも知れないが私は7,700ヤードを考えている。キアワの風がそれを可能にしてくれるはずだ。」と述べていました。ですが地盤は海岸線の砂地から内陸の湿地帯に造られる為に固くならず、打球のランはリンクスほど出ない事から案の定オーナー側は否定しました。しかしDyeは将来のためにとレイアウトの構成からチャンピンシップティの用地は確保していました。94年にその新しいチャンピオンシップティは造られ最大7,702ヤードまで下げられました。1997,2003年度のワールドカップや12年度の全米プロではそのティーイングエリアが使われたのです。

 

日本ではオーシャンコースのように海岸線に造られたコースをリンクスコースと呼ぶ風潮がありますがそれはいかがなものでしょうか。

上記の写真からもお分かりのように海岸線から僅かに入ればそこはマーシュが茂る湿地帯が広がり、オーシャンコースの8ホールはその湿地帯に沿って造られています。

このGOLF Atmosphereのコーナー(No.73,74)でもお話しさせて頂いた幻の名コース、ゴルフ界のアトランティスとも呼ばれるリドーGCを想い出してください。米国ゴルフ界の父と称されたC.B Macdonaldと彼の設計パートナーだったSeth Raynorは、ニューヨーク・ロングアイランドのロングビーチ島の砂丘と湿地帯の条件の用地に、パナマ運河を建設した時と同じ浚渫作業を用いて、湿地帯を埋め立てて18ホールを構成しました。二人を尊敬し彼らのクラシック理論を継承し現代に甦らせてきたPete Dyeはこのキアワの土地を見た時に、条件が似たリドーGCを連想した事でしょう。浚渫するほどの作業はなかったにせよ、土砂を大量に移動し最大高低差10mのオーシャンコースを造りあげました。

 

 

*Kiawah Oceanを造成した頃のPete Dye

 

Pete Dyeの作品にはC.B Macdonaldのクラシック設計の定義にあるテンプレートホールが必ず紹介されています。またその造成美もSeth Raynorの幾何学的デザインを継承してきました。

日本ではPAR3のアイランドグリーンや枕木を用いた造成などから鬼才とかリンクス回帰を唱えた独創的設計家と紹介をされてきましたが、Dyeの最大の魅力はここに述べたようにC.B Macdonald/Seth Raynorの設計の定義を現代のスケールに蘇らせ、それを自身のトーナメントグリーンの造成に繋げた事です。

大地を相手に自分が思うがまま好き勝手にコース設計をしてきたわけではありません。しっかりとした理論の位置付けがDyeの作品にはあるのです。

1980, 90年代、Dyeと共にコース設計界をリードしてきたTom FazioRees Jones等は、世界TOP100コースのリストに幾つもの作品を登場させてきましたが、2013年のランキングでは彼らの作品は全て姿を消しました。しかしDyeの作品だけはその地位を今も誇っているのです。

その最大の理由はDyeがクラシックの定義、その額縁を超えてしまうような発想は一切持たず、設計家の戦略性よりプレーヤーサイドに立った攻略理論を用いた結果でした。

ここで今大会の最大の難関とされた13番と14, 17番ホールを紹介しましょう。

*Par4でありながらHole Statsが4.53を記録した13番Cape Hole

 

13番はクラシック設計のテンプレートホールにあるケープホールの理論で造られました。FWを斜めに捉える中、ティショットではリスクをかけてグリーンにより近づけた者にアドバンテージを与える理論です。グリーンの三方がハザードでガードされグリーンへのアプローチルートは一方しか開けていません。仮に安全を考え、ティショットをバンカー手前やや左寄りに置いてしまうとバンカーの壁によってグリーンはブラインドとなり、その位置から僅かでも右に打球が流されれば湿地帯の運河に入ってしまいます。ファイナルラウンドでは最大493ヤードのティから打ちましたから多くのプレーヤーがティショット及びセカンドで運河に落としていました。優勝したミケルソンは三日目にケープの罠にはまり、松山も同様でした。

14番パー3はクラシックのテンプレートホールの中で多くの設計家たちが用いるレダンホールです。オリジナルはスコットランドのノースバーウィックの15番ホールですが、レダンの基本形は砲台状のグリーンがティから斜め45度に配置され、グリーン後方がフォールアウェイのスロープで、直接そこに打てばグリーンから転がり落ちてしまいます。またピンデッドに攻めた場合、方向が僅かでもずれるならば手前の深いバンカーに嵌ってしまいます。ホールロケーションにもよりますが攻略の基本は2オン1パットのパーセーブで、これはどれだけ用具が進化しても100年もの間続けられている攻略法です。最終日ミケルソンはあえて手前にレイアップしこの攻略ルートでパーをセーブしました。

 


 

* Kiawah Oceanの名物14番Redan

 

17番のPAR3Pete Dyeがクラシック設計にどれほど博学であるかを伝えてくれる名ホールです。

 

 

*#17番PAR3はAugusta National 旧16番ホールを223ヤードで打つのに等しい。

 

Pete Dyeは自身の著の中でラグーンを設けるつもりはなかったと述べているのが、それは彼のアイランドグリーンを愛する方たちへのコマーシャルコメントであって、本心は初めからこの発想を持っていたはずである。

イングランドでHarry Colt & C.H Alisonが設計した名作の一つにStoke Park Club(Stoke Poges)があります。ここの7PAR3はグリーンセンターに起伏を持つReverse Redanの要素を持った名ホールで、このホールにインスパイアされたAlister Mackenzieはオーガスタナショナルを設計した際、16番ホールにこのアイデアを用いました。ちなみにMackenzieのこのグリーンは度重なる豪雨から浸水の被害にもなり、R.T.Jones Srがクリークを調整池に拡張し、その向かい側に現在のグリーンを造りました。

DyeKiawahStoke Park7番と今は亡きオーガスタナショナルの旧16番ホールの再現を試み、それを現代のトッププロたちに223ヤードのレングスで勝負をかけました。今大会でも平均スコアは3.4413番に次いでタフなホールとなりました。

*Stoke Park Club #7 PAR3

* Augusta National 旧16番グリーン

 

南北戦争前、キアワ族の領土だったこの一帯は家畜の放牧、そして長く綿花のプランテーションとして栄えました。1974年同じサウスカロライナでHarbour Townなどの開発で成功を収めたSea Pines Companyも開発に加わり、シニア向けの住宅及び別荘地開発は始まり、2年後にはGary Player設計チームによる作品マーシュポイントゴルフコース (現在のCouger Point)が完成します。開発は島の東へと進み、81年代にはJack Nicklausによるタートルポイント, 88年にはTom Fazio設計のオスプレイポイントが完成されます。そして91年オーシャンコース、そして現在はオークポイントコースが加わり計5コース。更に同じ島にあるメンバーズクラブ、キアワアイランドクラブではTom Fazio設計のリーバーコースとTom Watson設計チームのカッシークコースがあり、キアワはパインハーストに匹敵するゴルファーズパラダイスとなっています。

 

 

Text by Masa Nishijima

Photo by Masa Nishijima, Kiawah Island Resort, GOLF.com, PGA Tour.