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クーペ、カブリオレ、バギーといえば今では自動車ですが、かつては馬が引くキャリッジ(=Carriage)のスタイルのことでした。

キャリッジとは、人を乗せるための車両のこと。荷物を運ぶワゴンや乗合いのコーチなどと明確に区別するため、個人が所有する少人数用の馬車を好んでそう呼びました。馬をパートナーに、飛躍的な進化を遂げた人類は、物資は元より人々もまたその交流を広げます。そして、より快適な旅を目指して、キャリッジに細工や工夫を施すようになったのです。

中央アジアからヨーロッパへと渡来したケルト人たちが使っていた馬車には、既にサスペンションの機能が施されていたり、古代ローマ人たちはバネを取り付けていたりと、古の時代から「乗り心地」の追求が始まっていたというのですから、人類の探究心には驚かされます。

 

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中世ともなれば馬車は一つのステータス・シンボルとして脚光を浴びます。馬はいつの時代も高価なパートナーですが、特に馬車を維持するためには、複数頭の馬や用途別のキャリッジ、また、それだけの馬を飼養するための厩舎や馬丁なども欠かせません。さらに、キャリッジを豪華に飾ったり、紋章を入れたりすることで、社会的地位や権力を誇示したのです。

キャリッジはスタイルや車輪の数、乗員数、牽引する馬の頭数などによって細かく定義され、18世紀には300を超えるキャリッジの種類が記録に残されています。その後、それらの特徴を捉え、名称を引き継いだのが自動車でした。

クーぺ(=Coupé)が、二人乗りで4つの車輪の箱馬車であるのに対し、進行方向に二人乗りの帆付き座席と、2つの車輪が特徴的なカブリオレは(=Cabriolet)は、より軽量でスピードを重視した馬車として、若者に人気を博しました。

 

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そしてもう一つ、馬車を語る上で忘れてはならないのが御者の存在。馬の背に跨る乗り手を”ジョッキー”や”ライダー”と呼ぶのに対し、馬車を操る御者は”ドライバー”。今では手綱をハンドルに持ち替え、誰もが容易に運転できるようになりましたが、馬の時代には経験と技術が求められる特殊な技能でした。

信号も無い当時の交通ルールは不平等が原則。主人の階級や家柄によって優先順位が決められ、万一、粗相があっては一大事です。さらに、時の実力者たちを乗せた馬車はどこへ行っても注目の的。巧みに馬を操り、颯爽と走る姿もまた、民衆の心を掴んだのです。

優秀なドライバーは引く手数多。中には自ら手綱を握る破天荒な主人も現れると、我こそはとその技を競うようになります。それが、ドライビング(=Driving)。スピードを競うレースとは一線を画し、正確かつ巧みに馬車を操る技を競うホーススポーツとして、ヨーロッパを中心に今も根強い人気を誇っています。

ちなみに、ヨーロッパの交差点と言えばラウンドアバウト。現在では、日本でも導入が検討されていますが、これもまた馬車時代の名残だとご存知でしたでしょうか。急停車や急発進、急カーブが苦手な馬にとっては、緩やかに往来する円形交差点が最適な方法だったのです。

似て非なる馬車と自動車。けれども、”車”が時代を彩り、愛好家を魅了し続けていることに変わりはありません。

 

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MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。