「馬は馬鹿っていうくらいだから、利口ではないけれど、霊感があるさー。」
とは、沖縄のある老馬喰が言った言葉。
いわゆる霊感とは、少し違うような気がする。
けれども、目に見えない空気中の電波みたいなのを察する力はあるような気がする。
動物も植物も、生き物は、微弱な電気信号をシグナルとして動いていて、それはラジオの電波の様に発信することもできれば受信することもできるのかもしれない。
EAL=Equine Assisted Learningというプログラム。
これは、馬に乗らずに、心理士と馬方を通して、1頭または数頭の馬と時間を共にすることで、個人では自分の内面と向き合うカウンセリング、複数人としてはチーム・ビルディング等に役立てることが出来る。
私も友人達が取り組んでいるこのプログラムにモニターとして参加させてもらった。
静寂に包まれた竹林に囲まれた馬場に、3頭の馬達と同じ時を過ごす。
モニターなので、かなり速足ではあったが、それでも、今までの日常における無意識に自分が引き起こしていた事象を強く思い起こさせられた。
古くは農耕馬、軍馬、そして今は競走馬等々、人間と深く関わり続けてきた馬達だからこそ、今後もずっと、人に、より寄り添って生きていける道の裾野を広げていきたい。
家の敷地内に馬が住んでいたり、馬と一緒に海で泳いだり、広々とした草原を馬が駆け回っていたり、真の贅沢ともいえる環境をつくるには、私達人間の社会がより成熟していく必要がある。
アニマルウェルフェアという言葉は、かなり浸透してきたとはいえ、まだまだ耳に新しい人も多い。
EALのモニターが終わって、カフェでの談笑中、友人が一冊の本を二階から持ってきた。
それは、見るからに古い立派な装丁の魔法の書のような存在感を持っていた。
「この内容はすごいですよ!」
彼らに勧められるままに本を繰る。
以下、一部抜粋。

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愛馬読本

昭和16年4月1日

小津茂郎


馬をかはいがりませう

一体、馬は噛んだり蹴ったりする動物でしょうか?
いいえ、馬は決して噛んだり蹴ったりして、人間に手向かうのを本能としている動物ではありません。
馬は獅子や虎のように、他の動物を攻撃して獲物をあさる動物ではありませんから、するどい牙や爪を持っておりません。また、牛のように角もありません。
馬は、互いに相集って、敵の攻撃してくるのを防ぐか、足の速いのを利用して逃げるだけなのです。
しかし、馬は臆病な動物ですから、攻撃されて切羽詰まると、やむを得ず、噛んだり蹴ったりして、自分の身を防御するのです。
街でよく見かける、馬が噛んだり蹴ったりするのは、結局人の取り扱いが悪くて、ついに馬をひねくれさせてしまったからです。
荷馬車ひきが、「コン畜生!」と、馬をひっぱたくと、馬は悲しそうに口をとんがらせて、首も顔も、空の方に向けています。重い荷をつけて、あえぎあえぎ荷馬車をひかされた上に、「畜生々々。」と虐待されては、馬だって、人間を敵と思い、噛んでやりたくなるのは当たり前です。蹴って自分の身を守るのも当然でしょう。
牧場で育った子馬が、母馬と嬉しそうにたわむれたり、お乳を飲んでいるところへ、人が近づけば、子馬の方から、かえってすり寄ってくるくらい、人に親しんでおります。それが大きくなって、都会に売られていく、その汽車輸送のわずか2、3日の間に、すでに人間を敵視するようになると言われるのも、馬喰や馬取扱人のむごい取り扱いから、その性質を一変させてしまうのです。
以前の、尋常小学読本巻九第二十八『僕ノ子馬』のところに、
「おとうさんが、『日本の馬は世界中で一番気が荒いといわれるそうだが、それは馬が悪いのではなくて、世間の扱う人が悪いのだ。まるで、馬に対して同情がなくて、無理をして苦しめるから、噛みついたり蹴ったりするような、悪い癖がついてしまうのだ。馬ほど従順で忠実なものはなく、馬ほど利口で物覚えの良いものは少ない。だから、悪い事をした時に叱るのは良いけれども、常にはよく心を察して、親切に扱ってやらなければならない。そうすれば、言うこともよく聞くし、逆らうような事も決してないものだ。』とお話しになった。」
とありました。
これも、このことを書いているのです。
農家などでは、仕事のない時には、ひと月もふた月も、うす暗い馬小屋の中へ放り込んでおくところがありますね。あれでは、馬が神経衰弱になって、気心も変わり、よその馬を見たら、つい噛んだり蹴ったりするようになります。
皆さんも、三メートル四方の馬小屋と同じくらいの部屋に一日中ずっと閉じ込められておったとしたら、どうでしょう。もしこれが二、三日も続けば、大抵気ちがいになってしまいましょう。
馬は、馬小屋にひと月もふた月も閉じ込められているのが、日本の農家の現状です。これがいいと誰が言えましょうか。
もともと集団して生活する性質のある馬が、こういうふうに友達嫌いになって、噛んだり蹴ったりするのも、人の取り扱いが悪いからです。
馬は、人間がこの世に出てきた最初から、忠実な家畜として、その全生涯を人間のために捧げている、かわいい動物なのです。
皆さん、「馴れる」という漢字を見てください。馬篇になっているでしょう。昔々の大昔から、馬は人間に親しみ慣れているおとなしい家畜ですよ。
アラビヤ馬が、玩具を口にくわえて人間の子どもをあやし、お守りして、その親達の留守番をするという話を聞いたり、イギリスの婦人や子どもが馬に乗って、家族連れで、広い公園や野原を散歩している写真を見たことがありましょう。そんな時、皆さんは、日本の馬もこんな風ならいいのになあと、うらやましくおもったことはありませんか。
日本の馬は、決してアラビヤやイギリスの馬と違った猛獣ではありません。みな、人の取り扱い方が悪いので、猛獣みたいになるのです。
私達がかわいがってやれば、決して噛んだり蹴ったり致しません。日本人の馬のかわいがり方は、まだまだ足りません。
馬をかわいがるには、ほんとうに馬のことを知ってかわいがってください。馬のことを知らないで、ただむやみに、かわいいかわいいではいけません。冬など、寒いだろうと毛布を着せたり、冷たいだろうと、水のかわりにお湯を飲ますのは、馬にとっては、ありがためいわくなのです。

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「アニマルウェルフェア」という言葉もない時代。
とかく、欧米からの借り物になりがちな日本の文化、生活。

「きちんと躾けて、かわいがりましょう。それだけですよ。」

戦前生まれの大先輩にそう言われているような気がした。


12552612_10153824985227103_1403910558415761035_n-320x320三成 拓也

関西外国語大学を中退後、オーストラリアに渡り、Permaculture、牧場の馬文化に出会う。
20代前半、アフガン、カンボジア等の紛争地帯をはじめ、フリージャーナリストとしてアジアを巡る。
沖縄で乗馬クラブに住み込み勤務。沖縄と米軍基地のインストラクターに本格的な乗馬を教わる。
ニュージーランドでWwoof(Willing worker of Organic Farm)で有機農家をまわるかたわら、乗馬トレッキング・ガイドをする。野生馬を捕らえての調教を手伝う。
結婚後、建築・土木の現場監督、有機酪農牧場での勤めを経ながら、アフリカ・ウガンダで、天理大学のプロジェクトの一環でバイオガス・トイレを建築。
千葉県御宿町で、廃牛舎をリノベーションして、直売所、カフェ・バー、ステージ等のイベント・スペースを立ち上げ、運営する。
現在、東京クラシックのアクティビティ部門を担当。