馬の尻尾を語る上で、忘れてはならないのが楽器。

擦弦楽器を奏でる「弓=Bow」には馬の尻尾が用いられていることは、大変よく知られています。

典型的なヴァイオリンでは、弓1本につき約60g、おおよそ150-200本の馬毛が使われるのだそうですが、豊かな尻尾を靡かせる馬であれば、充分事足りるように思います。

ところが、一番の難関は長さ。通常、75cm以上必要とされ、その長さまで伸ばすためには、3年はかかると言われています。

さらに、美しく生え揃うとも限りません。実際に馬の尻尾を手に取れば一目瞭然ですが、途中で短く切れていたり、縮れていたり、太さも一定ではありません。

その中から、弓に相応しい、真っ直ぐで良質な馬毛だけを選び出すと、実際に弓に使える毛は限られています。

そして、選ばれし馬毛には、特定の産地や品種もあります。

一般的に弓には白い馬毛が重用されるため、当然、尻尾の白い芦毛や白毛が選ばれます。また、品種によって、長さや毛量も異なり、水や草、飼養環境によって毛質にも大きな差が生まれます。さらに、それを選定し、加工する過程を経て、市場に流通するのですから、プロの演奏家御用達から練習用まで、馬毛もピンキリなのです。

現在、国内で広く使われている馬毛はモンゴル産。最近では、手頃なナイロン製の毛も広まり、必ずしも全ての弓で馬毛が使われているわけではありませんが、音や弾き心地を追求すれば、天然の馬毛には勝るものはないのだそうです。

そして、モンゴルの擦弦楽器と言えば、馬頭琴=Morin khuur(=モリンホール)。書いて字の如く、棹を馬に見立て、上部には馬の頭を飾り、弦と弓の双方に馬毛を使うのが伝統。

モリンホールは、ユネスコの無形文化遺産にも指定されています。

長く、強く、丈夫な馬毛は、古くから人々の暮らしの生活の中で、形を変え、用途を変え、様々な場所で活用されてきました。

楽器も然る事乍ら、さらに身近なのはソファです。

かつては、馬毛を束ね、弾力性を増すことで、厚みのあるクッション部分に使用していたのです。

ある日、アンティークソファの解体現場にお邪魔すると、クッションの中から艶やかな馬毛がポンっと飛び出てきました。

「当時の人々の知恵や工夫が伝わってきますね」。そんな職人さんの言葉が印象的でした。

 
 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。