GOLF Atmosphere No.67 米国ゴルフ界の近況とThe Memorial Tournament。 ゴルフ場もトーナメント開催も市、郡の議会の決定に従う。
Covid-19が東部から感染拡大し、南部そして西海岸への蔓延していく中、多くのゴルフ場は市、郡からの要請により一時閉鎖に追い込まれ、解禁後もニューノーマル時代のゴルフとして、R&AやNGFが推奨した感染率を下げるソーシャルディスタンシングにおけるプレーが主流となりました。
それは1組2サム又は3サムまでのプレー。4サムになるとソーシャルディスタンスが狭まり、感染率が2.5倍に跳ね上がるデータをAIが出していたからです。またプライベートクラブでは家族、または同じメンバーの友人同士でプレーする事を義務づけるクラブも多く、しかしながらクラブ側はゲスト客からの収入がゼロになる事から、それらはメンバーたちがCapital Chargeとして補填する事になるでしょう。どのクラブも年間30万ドルはマイナスを出すと見られ、メンバーが300名のクラブでは一人当たりの補填額は$1000ドルとなります。
パブリックの名コースでは解禁後、何と前年比を30%以上も上回る数字を出したゴルフ場もあります。例えば所有する4つの18ホールコースがどれも全米TOP100コースに入っているオレゴンのBandon Dunes Golf Resortは、第5コースとして新しくSheep Ranch Courseがオープンした事から、6月は前年比を大きく上回り、1998年開設以来、過去最高の売り上げを記録しました。
またコアなゴルファー達の動きもコロナ前とは大きな変化を見せています。
それは感染の危険が少しでもある航空機での移動は避け、長時間かかろうと人との接触が避けられるマイカーでの移動です。
下の表は6月末にNGFが調査したコアゴルファー達が目的とするゴルフ場に行き着くまでの片道時間を表したデータです。
何と8時間以上のドライブが31%, 6~8時間が18%ですから、6時間以上のドライブをされても目的のゴルフ場に行くゴルファーたちが全体の49%を占めています。車社会の米国とはいえ、この数字は名コースでありながら僻地にあるが為に運営が心配されたゴルフ場を救う結果ともなっています。
コロナの渦中で騒ぐ米国ですが、ゴルフ社会だけはどうも別次元かのようです。
MLBトロント・ブルージェイスは本拠地を使用できず、バッファローのマイナーチームの球場を使用。
話をMLBに移します。メジャーリーグは7月23日に開幕し、労使協定で定められているレギュラーシーズン閉幕9月30日までの2ヶ月半余りで60試合をこなすスケジュールとなっています。昨年まで巨人に在籍していた山口投手が移籍したトロント・ブルージェイスは現在カナダ唯一のMLBチームですが、全米がコロナ禍の中、カナダ政府は「ブルージェイスが使用するのは良いが、米国のチームが来て試合をすることは認めない」との要請を出し、本拠地ロジャースセンターは使用できず、ブルージェイスは配下のマイナーチーム(3A)、バッファロー・バイソンズが本拠地とするサーレンフィールドをホームとして使用することになりました。
ナイアガラ観光への玄関口となるニューヨーク州バッファローは、昔から熱心な野球ファンが多いことでも知られ、マイナーのチームとは言えバイソンズの試合には平均2万人近い観客が訪れます。
米国は今年マイナーチームの試合は開催しないことが決定しており、バッファロー市民にとってはメジャーリーグの試合を30試合も観る幸運に恵まれたわけです。
コロナ禍の中で開催されたThe Memorial Tournament
6月9日から6月12日にかけて、イリノイで開催予定だったJohn Deere Classicが早々と中止が決定した為、PGAツアーは代替大会としてWorkday Charity OpenをThe Memorialと同じオハイオのミュアフィールドビレッジで開催する事を決定。
元々The Memorialは6月4日に開幕する予定でしたが、ダブリン市が延期を要請、コロナ禍の中で中止が決定していたRoyal St.GeorgesでのThe Openの週(7月16日~19日)に変更される事となり、ここに2週続けて同じコースでPGAツアーが開催される珍事となったのです。
PGAツアーが同じ場所で2週続けて行われるのは、The Memorialが初めて開催された1976年まで遡らねばなりません。同じくオハイオのファイアーストーン(Firestone CC)以来の事で、8月26日~29日にAmerican Golf Classicが開催されデイビット・グラハムが優勝、翌週の9月2日~5日にWorld Series of Golfが開催、この時の勝者はジャック・ニクラスでした。ただしこの2大会はファイアーストーンが36ホールコースであることから前記がノースコースを使用、World Seriesはサウスコースを使用しました。
当時American Golf Classicの優勝賞金は$4万ドルでしたが、World Seriesの優勝賞金は何と$10万ドルと別格なものでした。マスターズも全米オープンも優勝賞金はまだ$4万ドル台だった時代です。
この年の賞金王はもちろんジャック・ニクラスで、トータル$266,498.57ドル、World Seriesの10万ドルがどれだけ価値のあるものかご理解頂けるかと思います。
驚きの告白、ニクラス夫妻も感染されていた。
コロナウィルスCovid-19が全米に蔓延し始めた3月から4月にかけて、実はボランティア活動で忙しい毎日を送っていたニクラス夫妻もコロナに感染し、3月13日から4月22日までの間、病院と自宅での隔離生活を送っていた事を大会前のインタビューで告白しました。「今年80を迎えた私たち夫婦は幸運にも比較的軽症な状態でしたが、念のためにほぼ1ヶ月間は自宅から出る事なく生活を送っていました。」
もし大会が当初の予定通り6月4日でしたら、ニクラスはホストとして会場に来られたかどうか、今回の延期は彼にとっても幸いな事だったかも知れません。
Muirfield Villageの歴史
オハイオ州ダブリンにあるミュアフィールドビレッジは1974年に開設されました。ジャック・ニクラスが生まれ、オハイオ州立大まで通ったコロンバスの隣町です。オハイオはゴルフコースに適した土地が多く、昔からカマーゴ(Camargo)、サイオートCC(Scioto)など数多くの名門クラブが点在しています。ニクラスが20代半ばの頃、設計に強い関心を抱き、ピート・ダイからそれを学んだザ・ゴルフクラブ(The Golf Club) も近郊のニューアルバニーの街にあります。その後、ニクラスはサウスカロライナのハーバータウンのプロジェクトでもピート・ダイのプレーヤーズ監修者として参加し設計のノウハウを学びます。実はこのプロジェクトではスタート当初は設計がニクラスでダイはそのパートナーの位置付けでしたが、ニクラスがまだ経験が足りないことからその立場が入れ替わりました。ミュアフィールドビレッジの計画はそのすぐ後に持ち込まれ、ニクラス自身がコースのメイン設計を担当し、住宅地を含めた全体のコースレイアウト、ラウンドスケープをデスモンド・ミュアヘッドが担当しました。この二人のコンビは後に日本でもニューセントアンドリューズの設計を担当します。
ザ・メモリアルトーナンメトがスタートされたのは開設から2年後の1976年からで、ニクラス自身も77年と84年の大会で優勝をしています。
99年に優勝したタイガー・ウッズは2000,2001年と大会3連覇をし、09 年と12年と計5回の優勝を果たしています。
2014年には松山英樹がPGAツアー初優勝を果たしたように、ザ・メモリアルは多くの若手をスターダムに伸し上げる大会でもあります。
リスクと報酬( Risk & Reward)のコース設計理論
今年のザ・メモリアル(The Memorial)のコースセッティングについて解説しますと、Front 9はプレーヤーにその技術を挑戦させ、Back 9はプレーヤーに頭脳(コースマネジメント)の検定をしたようなセッティング、ピンプレースメントの4日間でした。後半の14,15,16番はコースへの賢者に勝負させるホールだったのかも知れません。高低差35mの地形とスロープを活かした度重なる改造、その中でのショートPar4(距離の短いパー4), ショートPar5(距離の短いパー5), そしてロングPar3(距離のあるパー3)の流れは、ピンプレースメントによってリスクと報酬を演出するホールとなりました。
14番は370ヤードにも満たないショートPar4。下の写真と図をご覧ください。地形の傾斜は右から左にスロープが流れ、フェアウェイ左サイドからグリー手前にかけてクリークが流れています。そしてグリーンはフェアウェイに対して
斜め45度角に配置されています。これはパー4におけるリバースレダンの設計理論で、このホールのポイントはここにあります。
多くのゴルファーはフェアウェイ左サイドを狙い、2打目はグリーンを真っ直ぐ縦に捉える攻略ルートを選びます。ティショットが仮にセンターから右に打った場合、ショートアプローチとてつま先上がりのライからグリーンを斜め45度に捉えなければならず、風の計算を間違えれば手前のクリークや奥のリカバリーが厳しいバンカーに落ちることもあります。
そしてロングヒッターたちはリスクをかけてクリーク超えのグリーンへのストレートライン、更にドライバブル(1オン)を狙い、バーディ以上の報酬を獲ようと考えます。今回、デシャンボーを始めとするロングヒッターたちがこれに挑戦し、失敗をしたシーンをご覧になられた方もいらっしゃるでしょう。
次の529ヤードの15番(写真下)は、距離だけを見ればPGAツアープロは当然2オンを狙いにいくでしょう。しかしセンターが高くなったお椀状のフェアウェイはクリークが流れる左サイドに打つとまず2オンは不可能になります。更にフェアウェイを深いラフで分割したステレオタイプのホールとなっています。所謂クラシックコース時代の3ショットホールを明確に表す「ロング」の設計理論です。最大のポイントは用地の地形を活かしたかのように3rdアプローチの地点からグリーンが10mほど高い位置にあることです。この設計でロングヒッターに2オンを挑戦させるのがニクラスとコースセッターたちの狙いです。グリーン周りは厳しく、今大会でも手前のクリークに落とした選手たちもいました。デシャンボーが10打を叩いたホールです。
The Memorial Tournamentの為にコース改造及修復を繰り返す。
72ホールのドラマを作る為のトーナメントコースへの改造、セッティング、過去20年もの間に、ミュアフィールドビレッジはThe Memorialの大会を更に盛り上げる為の改造・改良を繰り返してきました。それはプレーヤーズ選手権のTPCソーグラス同様に、準メジャー大会としてのステータスを選手の側から受けることでした。大会期間中、優勝者以外にもゴルフ界に貢献されてきた歴代のゴルファーたちを称えるHonorees(叙勲賞)、更にジャーナリストを称えるThe Journalism Awardも設けられています。
Text by Masa Nishijima
Photo credit by Muirfield Village, Brian Morgan, Larry Lambrecht,
Joann Dost, GOLF.com, MLB,