最近は日本でもグリーンコンプレックスという言葉を耳にするようになりました。コンプレックスを直訳すれば複合体、合成物という意味ですが、ゴルフコースにおけるグリーンコンプレックスは、グリーンサイドバンカー等を含めたグリーン周り全体を指す言葉として用いられています。但し、グリーンとグリーンサイドバンカーのバランスだけを指すのではなく、グリーンがその周辺全体との地形バランスにどれだけ溶け込んでいるか等、広い範囲を示すゴルフコースの専門用語とご理解下さい。
重機を使えずに、家畜や人力で造成が行われた戦前のリンクスやクラシックコースには、グリーンコンプレックスの優れた作品が多く見られます。人力による施工技術に限界があった為、用地の中でグリーンに相応しい箇所を見つけることが優先となったからです。砲台状に見えるグリーンも、盛土したのではなく、実質な地形の高さに近いグランドレベル状にあり、グリーン周りを削り、そこにバンカーやハロー、地形のスロープラインの流れに沿ったマウンドを設けました。地形に委ねたコース設計の手段は、当然ながらグリーン周辺の地形のスロープや凹凸ともバランスよくマッチします。それがスケールある美観性となって素晴らしいグリーンコンプレックスを生んだのです。
実はここ数年、コース査定の中で、最も注視されるのがこのグリーンコンプレックスの造成であり、自然のスロープライン及びアンジュレーションをいかに上手く造成に融合させているかに専門家たちの注意は払われます。しかしながらグリーン周りが多くの樹木で覆われているケースの場合、せっかくの地形のラインが樹木で隠れてしまうため、グリーンコンプレックスの造成は難しくなります。グリーンを砲台状にし、雄大に見せても、そこに生まれるグリーンコンプレックスは、グリーンとグリーンサイドバンカーだけのビューバランスになってしまい、けして高い評価には至りません。
では2グリーンでのグリーンコンプレックスはどのように評価されるでしょうか? 両グリーンが、左右前後はあれ、ほぼ並んでいる場合、左右のグリーンの外側のバンカー及びハザードまでがコンプレックスの範囲となり、井上誠一はこの分野では天才的能力を発揮した設計家でした。彼は二つのグリーンに共有できるバンカーをグリーン手前中央に配置し、互いのグリーンのサイドバンカーとの美しいハザードラインのビューバランスを形成しました。6年前にギル・ハンスが東京ゴルフ倶楽部のグリーン改造をした際、倶楽部側は大谷光明のオリジナルグリーンを残すことを基本に、2グリーン保持を打ち出していましたので、ハンスは自らのデザイン性を抑え、アリソンや大谷のオリジナルグリーンの復元を第一のテーマに、美しい2グリーンのコンプレックスを構築しました。

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【図解】グランドレベルで測られたグリーンの壮大なコンプレックスの幅

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【図解】砲台状のグリーンに多く見られるグリーンコンプレックスの狭い幅

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MASA NISHIJIMA photo by Brian Morgan_sqMASA NISHIJIMA

ゴルフコースコメンテーター&コースアドバイザー。東京生まれ。
明治大学卒業後、米国留学。
ドン・ロッシーの元でゴルフコースのクラシック理論を学ぶ。
現在まで世界56カ国2300コース以上を視察。
1989年より、米ゴルフマガジン誌世界トップ100コース選考委員会に所属。
1991年から2015年までは同委員会の国際委員長を務める。
「ゴルフコース好奇心」,「ゴルフコース博物誌」「The Confidential Guide 」などの著書もある