No.60 Mongolia
「馬でしか行けない場所があるでしょう!」
これは先日、クラシック・西村様のお話です。
日頃、アリーナでばかり馬に乗っていると忘れがちですが、
そうです!実は、馬こそ人類の文明を開花させた立役者!
人は馬の力を得て、より速く遠くへ移動し、交流できるようになったのです。
そして、私の遠い記憶も蘇りました。
「馬に乗って移動しながらゲル(移動式住居)に滞在して遊牧民の暮らしを体験できる!」
というモンゴルツアーに出かけた時のことを・・・。
“ウリ”は見渡す限りの草原と満点の星空。バスは無し、トイレは共同、夜は馬頭琴で宴会。
都会好きな私には高すぎるハードルでしたが、「毎日馬に乗れるのだから、断らないだろう」
と読んだ友人の思惑にまんまとハマってしまいました。
出かける前から、何日耐えられるかと不安だったことをとてもよく覚えています。
とはいえ、行ってしまえば意外と楽しめるのが旅。
乾燥した気候はお風呂の不便を感じさせず、大自然で過ごす日々が渡航直前に起こった
9.11の衝撃を癒してくれました。
そして、肝心の馬はというと・・・小さい。
もちろん、最低限の知識とイメージで予想はしていましたが、それでもやはり小さい。
しかも、観光客でも乗りやすいようにと、ブリティッシュやウエスタンなど日本でも
お馴染みの鞍が乗っているので、馬はさらに小さく見えてしまいます。
「ちょっと可愛そう」というのが正直な印象でした。
それでも、毎日毎日、その馬に乗ってあっちこっちへ何時間も移動するのです。
馬の背に揺られていると、いつの間にか遥か彼方に見えたはずの丘に辿り着いています。
そして、器用に四肢を運びながら細い坂道を登る姿に、小さくとも逞しい馬本来の力強さを
実感させられるのです。
聞けば、当時はまだ実際に遊牧生活をしている人達がいて、自分たちの馬をツアーに
貸し出し、お金を稼いだのだそうです。そして、私たちは移動しながら彼らの家を訪ね、
ツァイ(ミルクティ)や馬乳酒をご馳走になり、ラクダにも乗せて頂きました。
ただ、最初は小さな馬が不憫に思え、人の生活を覗き見る申し訳なさも感じていました。
ところが、お互いに慣れてきたある日、馬を連れてきた少年に勝負を挑まれ、そんな気持ち
も吹っ飛んだのです。
少年:「あなたは馬に乗れるんでしょ?」
私 :「うん、ちょっとね」
少年:「じゃ、あの木まで競走しようよ!」
私 :「いいよ!」
と、まるで映画のように始まったのは良いのですが、その少年の馬の速いこと!
思わず、さすが!と感心したのですが、しばらくして気づきました。
どう考えても私の馬は遅い。私の手綱捌きはさておき、追っても走らないのです。
ゴールの木に辿り着くと少年は満面の笑み。まさにドヤ顔でした。
そして、馬を指差し、口笛を鳴らし、ジェスチャーで「この馬は速いだろ!」と言うのです。
こちらも身振り手振りで「私の馬は遅いんじゃない?」と聞くと、笑いながら頷いています。
そうこうしているうちに、通訳の方がやってきて少年と何やら話すと「なかなか上手いよ!
と言ってますよ」とのこと。
いやいやいや、待て待て待て。
何故か急に日本人代表になった気持ちになり、「じゃ、次は馬を交換して!って言ってよ!」と
大人気もなく通訳の方にせっついてみたものの、笑って誤魔化されてしまいました。
通訳の方の話によると、彼らが貸し出すのは大人しく安全な馬。特にお気に入りの馬は絶対に
手放さないのだそうです。なるほど、そうだよね!
当たり前のことですが、私にとってはモンゴルに来て初めて、同じ気持ちを共有できたのです。
そして、一瞬にして彼らに親しみを感じました。
その後も、少年は毎日馬の話をしてくれます。時には、馬具や競技会のことを熱心に聞かれ、
最後は「オリンピックに出てたいな!」と大きな夢まで語ってくれました。
まさに、馬好きに国境なし!
思いも依らず心躍る旅となったのでした。
MILKY KORA
馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。