GOLF Atmosphere No.59
2グリーンコースへの正しい見識。

日本で初のPGAツアーZoZo Championshipが開催された習志野カントリークラブ。日本初開催、日本のゴルフコースのユニークさを強調する為、PGAツアー側は日本独自の2グリーンシステムをメディア側に捉えるよう願い出ていた。映像とその解説から世界中の視聴者たちは日本の2グリーンシステムに関心を持ったようだ。
さて今回GOLF Atmosphereでは、その2グリーンズの歴史を遡って解説してみたい。

 

1 . Alternate Greensとは

※ 武蔵CC 豊岡コース

 

Alternate Greensとはメイングリーン、サブグリーンと呼ばれる2つのグリーンのグレードの違いがはっきりしたものを指します。戦後、元々はメイングリーンだけだったコースが、GHQ等に荒らされ、改修の際にテンポラリーグリーンを増設、その後、冬また夏用に異なる芝種のアナザーグリーンを造り、更にルールの神様、東京GC、川奈大島コースの設計でも知られる大谷光明の指導のもと、井上誠一のアイデアによって進化したのが日本のAlternate Greensの始まりです。一時的に造られたテンポラリーグリーンがそのままサブグリーンになった代表的な例は、戦前の我孫子GCと1960年の川奈富士コースで、川奈は世界アマのためにグリーンを改修、その間テンポラリーグリーンを増設して運営をしていた。その後テンポラリーグリーンを改善し、年間 6~7万人の来場者があった80年代からバブルにかけてはこの2グリーンシステムがフル稼働します。現在は9, 10, 12番以外はサブグリーンの痕跡もないシングルグリーンのシーサイドコースに戻っています。川奈富士コース7番のショートパー4のフェアウェイのランディングエリアが、まさにホグスバックの理論で完成された名ホール。まるで雄豚の背のように丸く狭いフェアウェイにティショットを置ければ、グリーンはフェアウェイと同じ高さのレベルになり、最大のアドバンテージが与えられています。

※世界のベスト500ホールの一つに選ばれた川奈富士コース7番 Short Par4。
アプローチがグリーンの高さとほぼ等しくなるフェアウェイにアドバンテージを唱えた
※Hog’s Back理論で構成されている。

※Hog’s Back Holeとは (Prototype Holes of C.B.Macdonald)

 

英国では雄豚の背のように丸みをもつ起伏な地形をホグスバック(Hog’s Back)と呼びます。そのようなことからリンクスコースでも尾根のような起伏を持つホールや、丸みを帯びた形状のグリーンに、ホグスバックの名称をよく付けます。日本では馬の背グリーンと表現しますが、米国では亀の甲羅、Turtle’s Backにそれを例えます。米国コース設計界の父C.B.Macdonaldはリンクスに多く見られるホグスバックホールの特徴を彼の代表作ナショナルゴルフリンクスオブアメリカの5番ホールで設計しました。それは広いフェアウェイに尾根のようにのびるマウンドを超えると起伏あるダウンスロープによってボールは様々な転がりをみせ、次のショットに大きな影響を与えたものでした。まさにリンクスの固い土壌にみられる打球のランの度合いをMan-Madeの世界で表現した彼のアイデアで、後に設計パートナーであったSeth RaynorやCharlie Banksによって、ホグスバックホールは地形を活かした様々な設計に取り入れられていき、本場リンクスのテイストとして全米中に広められていきます。但し、80年代にブームを呼んだスコティシュアメリカンタイプのコースに多く見られた奇抜な人工的マウンドでローリングしたフェアウェイはホグスバックの設計理論とは異なるもので、その多くはリンクスのルックスだけをモチーフした作品に過ぎない。Macdonaldと同じくクラシック時代の巨匠と称えられたDonald Rossは、フェアウェイではなく、ホグスバックをグリーン上で表現した。但し、これも日本の馬の背とは異なり、二つの起伏を組み合わせた形状で、彼の名作パインハースト#2コースのグリーンでそれを試みた。それらは縦の起伏によってグリーン奥がフォールアウェイの傾斜にあることから、全米オープンでも多くの選手たちがグリーンには乗せたがボールは左右又は奥に転がりおちていく悲劇にあったことは記憶に新しいこと。これらのグリーンは 米国では、王冠状グリーン(Crowned Green)、又は亀の甲羅グリーン(Turtle’s back Green)とも呼ばれています。

※National Golf Links of America #5 Hog’s Back

 

※Dongzhuang Beach Golf Club  Shanghai China Hog’s Back Green.

 

2. 井上誠一の2グリーン論(Alternate Greens)

霞ヶ関CC初代キャプテン藤田欽哉指導のもと、コース設計をビジネスとした井上誠一は、大谷光明の推薦もあって、戦後は東京GC、我孫子GCなど名門の復活にも貢献を果たしていきます。管理技術、知識がまだ乏しかった時代、大谷は2グリーンを推薦する一人でもあり、その役目を井上誠一の才能に託しました。井上は個人の作品の中で、用地に限りがあり、狭いフェアウェイ幅のレイアウトを引かざるを得ないならば、アプローチからグリーンまでの用地を広く取り、そこに2つのグリーンをセットすることでアプローチにおける戦略性を考えた。
つまりティショットはペナル設計で、アプローチがストラテジー設計という発想です。

この図から解るように、ティショットのフェアウェイルート状に戦略的バンカーを配置するキャパシティーがなく、左右のラフサイドにミスに対するペナルバンカーを配置し、フェアウェイセンターから2つのアプローチルートでそれぞれにキャラクターと難度の違いを持たせたグリーンを設計した。彼はメイン、サブとは呼ばず、例えば戸塚CC西コースのようにAグリーン、Bグリーンの呼び名でそれを図面に記した。クラブ側は戦前からの名門がそうであったように、A1グリーン、ペンクロスと芝種で区別している。

 

※戸塚CC 西5番PAR3

※龍ヶ崎CC 12番

 

井上のようなアプローチからの多角的発想で設計されたコースをもしシングルグリーンに改造する場合、まず改善するべき箇所はフェアウェイのホール幅をどれだけ広く取れるか、そこにストラテジーが展開できるスペースがあるかを考えなければなりません。もしそれがなく、グリーンだけをシングルにするならば、そのコースは戦略性の見えないターゲットコース、またはペナルコースと評される危険もあります。井上自身が出来ることならばシングルグリーンのコースを造りたかった、しかし用地にスペースがなく、仕方なくAlternateに発想を切り替えた作品も数多くあるはずです。

※井上誠一の大作 日光CC renovated Taizo Kawata.

※バンカリング(バンカーの配置)について

バンカーには、主にペナル効果、ハザード効果、ターゲット効果の三つの要素があります。

 

  1. ペナルバンカーとは、リンクスに多く見られるソッドウォール・タイプの脱出だけが精一杯のものを指します。
  2. ハザードバンカーとは、戦略的に効用力を持ち、プレーヤーにその技術を要求するものを指す。グリーンサイドバンカーがその例。但し、地形の高低差を活かすレイアウトの場合、ハザードバンカーは、配置次第ではアンフェアと捉えられる。つまり用地の条件によっては、バンカーの数が多ければ、バンカリングの数値が高いというものではない。ちなみに、オーガスタナショナルは、開設時は27個 現在も44個のバンカーしかありません。
  3. ターゲットバンカー(英国ではディレクショナルバンカーとも呼ぶ)とは、プレーヤーに打つべき方向を指示するものを指し、設計はそれを越えるショットに対し、アドバンテージを与えるものでなければならない。仮にバンカーまで距離を持たせ、その手前にラフや池などのハザードエリアがある場合、そのバンカーを越えるショットをヒロイックという言葉をもって、ホールの内容を表現する事もあります。

 

3. Twin Greensとは。

※Twin Greens時代の東京GC 1993年

 

戦後、GHQから解放され、大谷光明監修のもと井上誠一による2グリーン化とグリーンファンデーション(グリーンの床)の改修工事が行われた東京ゴルフ倶楽部は、グリーンのその形状が類似していることから、倶楽部50年史では2グリーンの表記ではなく、Twin Greenと紹介されていました。
しかしTwin Greenの表記が最初にされたのは実は東京GCではありません。川奈大島コースの14番、ティからはアップヒルな丘上にグリーンが配置され、周りをバンカーでガードするクラシック定義のショートの理論で設計されたPAR3ホールに付けられたニックネームで、オークラから西武にオーナー権が渡るまで現存するグリーンの左サイドにバンカーは持たないが、形状が全く同じグリーンがあった。設計した大谷光明はすべてのホールにニックネームを付ける中、この14番はグリーンが似ている事からTwin(双子)と名付けた。1928年の事です。

※川奈大島コース14番PAR3 現在このホールはシングルグリーンだが、かつては左に同じ形状のグリーンが並んでいた。その事からこのホールにはTwinのニックネームを付けられた。
日本におけるTwin Greensの元祖である。

 

大島コース ホールニックネーム

1.Kumagai’s Adventure

2.Tametomo Promenade

3.Kaigan-Dori

4.Good-Bye

5.Mikaeri-Zaka

6.S.O.S

7.Ohtani’s Smile

8.Ochudo-Mawari

9. Tokaido10

10.Terrace

11.Links Land

12.North Col

13.Veni Vidi Vici

14.Twin

15.Hodogaya

16.Jigoku-Dani

17.Champs-Elysees

18.W.&D

 

川奈を買収した西武がまず行った事がヒーリーな地形の大島コースに乗用カートを導入する事でした。その計画からTwin Greenの一つがカートパスラインにかかる事から取り壊され、現在はシングルグリーンになっています。
Twin Greenという表現を大谷がどこから引用したのか記録に残されていませんが、彼は20年代にロンドンでゴルフ誌を発刊した伊藤長蔵氏と共に米国東部の旅に出かけており、ここでPine ValleyやMerion等の名門を視察しています。この時すでにPine Valleyの8, 9番はHugh WilsonによってTwin Greensに改造されていました。ひょっとすると大谷たちを迎え入れたメンバー達がそう呼んでいたのかも知れません。

※世界ナンバー1コース、Pine Valley GC #8のTwin Greens

 

4. Dual Greens(最も優れた2グリーン)とは。
  元祖は霞ヶ関CC旧東コースのPAR3を含む数ホールである。

霞ヶ関カンツリークラブ(以下CC)旧東コースは藤田欽哉、赤星四郎など5人のオピニオンリーダーたちの設計により1929年に開設されましたが、31年Alisonのアドバイスにより幾つかのグリーンの配置またはElevation、バンカーの配置等が変更されました。1932年に開設された西コースは同様に増えるメンバーの数からすぐに2グリーンの案が浮上し、翌年には2グリーンとなりました。東コースも37年に2グリーン化となり、グリーンはOld, Newの名称で呼ばれました。日本で最初の2グリーンコースは霞ヶ関CC旧西コースという事になります。

(※一部メディアでは東コースが31年2グリーン化したと記載されているが、31年はアリソンのアドバイスによる9,14,17番の改良で、西コースの2グリーンの成功から同時に東の計画案も出て、それはアリソンが提出した他の15ホールの改良案と共に37年に全て完成に至った。 参考. 霞ヶ関CC25年史年表より)

霞ヶ関旧東コース 5人の設計者たちと担当ホール。

  • 藤田欽哉 6, 8, 16, 17番
  • 井上信 1, 2, 18番
  • 赤星四郎 4, 9, 10, 11番
  • 石井光次郎 3, 14, 15番
  • 清水揚之助 5, 7, 12,13番

 

東京ゴルフ倶楽部(以下GC)が現在の狭山コースに移った1940年、シングルグリーン(1グリーン)の時代には既に霞ヶ関CC東コースは藤田欽哉発令のもとにスタートしたAlternate Green化が完成し、その多くのホールは類似したクラシックなTwin調のデザインであった。但し、赤星が担当したホールだけは異るキャラクターのグリーンを持っていました。4番と10番のPAR3と9, 11番がそれで、その特徴の違いはAlternate, Twinのレベルを超えたまさにどちらも甲乙つけがたい素晴らしい内容のDual Greensでした。

※霞ヶ関旧東コース4番PAR3 Tom Doakなど米国人はOld Green(写真上)を日本のベストPAR3の一つと絶賛するが、Darius Oliverなど豪州からのCourse RaterたちはAngled PlateauのNew Green(写真下)を絶賛する。
Oliverは自身の著Planet Golfの中で、霞ヶ関CCは4番のNew Greenを写真で紹介している。

※世界のベストPAR3 TOP25に選ばれた事もある旧東コース10番、その時、左側にひっそりと佇むポステージスタンプのNew Greenの事も写真とレイアウトの図で紹介された。

 

霞ヶ関CC旧東コースは、Logan Fazioによってオリムピック用のコースに改造され、5人のオピニオンリーダーたちによるジャパニーズクラシックの傑作は90年の歴史を前にして幕を閉じました。戦前からの名門コースの生き方、これで良いのだろうか。ふと考えてしまいます。
霞ヶ関旧東コースは1983~2003年まで世界ランキングに登場していた。リストから姿を消して長い歳月が過ぎたが、もし彼らがコースランキングを意識するならば、何故に霞ヶ関旧東コースは世界ランキングに入っていたのかを改造する前に、専門家たち(Raters)が残した見解からそれを悟るべきではなかったか? 東京GCよりも霞ヶ関旧東コースを高く評価するRaterたち(コース評価委員)の多くは、Twin Greenにおけるバンカリングの絶妙な配置を高く評価していました。もちろんPAR3などDual Greensの存在も同様の価値を持っていた。ならばテーマは決まっていたはずである。Redesignではなく、Renovation, Old Greenを残し、20%程度の面積の拡大はあっても戦前のシングルグリーン時代の姿に復元(Revision Work)する事ではなかったか? ならばDual Greensのホールもそのまま残せたはずです。
日本人のクラブ関係者は時に大きな間違い、勘違いをされている。それは2グリーンをシングルグリーンに改造する時、何も18ホール全てをそれにする必要はない事。 2グリーンとして評価が高かったホールはそのまま2グリーンとして残すべきです。Pine Valley, Pacific Dunesなど、世界の名コースの中には18ホール中、数ホールにDual Greensを持ったコースも少なくありません。


※霞ヶ関旧東コース2番 Twin Greenにおける究極のバンカリング。


※霞ヶ関旧東コース16番 このホールも世界中の専門家たちが世界のベストパー3の一つに選んだ。著名コース写真家のBrian Morganは日本の至宝ホールと絶賛した。

※Photographer Jeannine Henebry. 2グリーンにそれぞれピンを立て、スロープラインを写す事で、Twin Greensの価値を表現しようとした。

 

現在、アイルランドの名門Lahinch GCは、#5と#11番のPAR3はDual Greensです。この2つのPAR3は東から西にレイアウトされている事から、冬の風が真夏とは真逆になるケースも多く、1999年、設計家Martin Hawtreeがマッケンジーのオリジナルグリーン復元をテーマに14のグリーンを大改修した際、冬用のアナザーグリーンを設けました。Lahinchのシグネチャーホール、ブラインドの 名称Dell HoleのアナザーグリーンはTwo-Tiered(2段グリーン)タイプ。11番のアナザーグリーンはPunchbowl状の形状になっています。
Lahinchのオールドコースには20のグリーンが存在する事実。日本のゴルフクラブはこのような海外の名門の動向をご存知ないのでしょうか。霞ヶ関CCには私が知る限り、ベテランのリンクスマニアたちが5~6名はいます。彼らはコース改造する際、上層部にこれらの例を伝える事は出来なかったのでしょうか。

※Lahinch #5番 Dell 右矢印のところがメインのDellとなるブラインドホール、右が新設されたアナザーグリーン5-A。この対象から両方が素晴らしいDual Greensと言えるだろう。


※東京GC 18番Home Twin Greens 2019年

 

ここまで2グリーンについて解説させて頂きましたが、私は決して2グリーン支持派ではありません。しかしどこまでもシングルグリーンでなければならないと訴える1グリーン支持の人間でもありません。
皆様にご理解して頂きたいのは2グリーンであってもコースは正しく評価される、されてきた歴史がある事です。更にそれがPine Valley GCのように18ホール中、数ホールで表現されているならば、コースの価値は落ちるどころか
むしろ上がるケースもあります。
今回の習志野でのZoZo Championshipでわかるように、2グリーンとてトーナメントに何の支障もなかった事実。私たちはいま一度2グリーンコースを見つめ直し、正しく評価する時が来ているように思います。

Text by Masa Nishijima
Photo by Masa Nishijima, Gary Lisbon, GOLF.com, Lahinch GC