No.35 ルーティングとレイアウトについて学んでみよう。
ゴルフコース設計におけるルーティングブランとは、スターティングホールから始まり、最後のフィニッシングホールのグリーンまでのルートを線で表わしたものである。コースの流れ、トーナメント時の流れの巧みさなど、実はこのルーティングプランの構成がどれだけ秀れているかで決まります。
スコットランドが起源とされるゴルフ、コースが誕生した頃は、3~4ホールコースは当たり前であり、砂丘の合間を気ままに蛇行するかのように進み、グリーンは砂丘の高い位置、または砂丘に囲まれた谷間「パンチボウルエリア」にスクエア状(四角形)に配置され、それらの一辺は次のホールに向かって平行になるようにアングルされました。理由は当時、ネクストティの位置は設定されてなく、グリーンから1クラブレングスにゴルファー自らがティを定めるルールにあったからです。彼らはグリーンの4つの一辺のどの場所からも、1クラブレングスで打つことが出来たのです。
競技が行われる時代になっても、コースによっては、6, 7,9ホールなどマチマチでした。また当時のセントアンドリュースオールドコースがそうであったように、必ずしもスタート地点に戻るルーティングではないコースもありました。
そんな時代、第一回全英オープンが開催されたPrestwick GCは、当時12ホールコースで、計3ラウンド、36ホールのストロークプレーを競ったのです。
上記に紹介した二つの図をご覧になられ、当時の設計図とは、グリーンの配置箇所だけを定め、ルーティングの流れを示しただけであることがご理解できるでしょう。実はこれは現在の設計作業のスタートと全く同じで、設計家やそのパートナーたちは、用地をくまなく歩きながら、グリーンに相応しい箇所をまず見定めます。昔と違うのは、設計上のIPを示すためのバックティの配置箇所をある程度同時に定めることです。リンクス時代のようにグリーン周りから勝手にティショットを打つことはできませんからね。笑。
レイアウトの構築。
さてルーティングが決定した後、次に行う作業が各ホールの構成、つまり自然の等高線からのスロープラインをより活かしたホール全体のレイアウト構造です。ここでの注目ポイントは、元々存在した等高線レベルの高さを、フェアウェイをフラットにしようと考え、盛り土などして超えてはならない事です。戦後、コース造成に重機が使われるようになった日本の丘陵地帯のコースにはこの基本的ミスをしている作品が多く見られ、それらはコース評価の対象から外されるケースも多々あります。つまりそこには自然とのランドスケープの融合性が見られないからです。コース全体の断面図をオリジナルの用地に照らしあわせると妙に歪になっている事がわかるでしょう。
関西の名門鳴尾GCは日本の中で最もコースに適した地形に、その18ホールが描かれています。自然のスロープラインを一切破壊せずに造られた名作です。かつては、5~7番ホール、10番ホール辺りの低地部分には何本ものクリークが流れていました。ホール構造はそのクリークを巧みに操ったレイアウトに完成されていましたが、現在はそのクリークは消え、その痕跡がわずかに残されているだけです。
実はあのオーガスタナショナルもかつては地形の谷間部分を流れるクリークが幾つも存在し、それらは土地の最も低地となるアーメンコーナーのレイズクリークへと注がれていました。しかし豪雨時には氾濫し、フェアウェイの歩行を困難にもしたのです。
戦前、コース造成でまだ重機が使われなかったクラシック作品の多くは、土地の高低差から生まれるフェアウェイのスロープも全て自然に委ねるしか手段はありませんでした。フェアウェイの右に打ち出した打球がスロープで、左端に転がり落ちるなんて事は珍しいことではありませんでした。むしろそれら地形
のスロープラインを計算し、攻略ルートを見出すのがゴルフの醍醐味、愉しみであったのです。レイアウトの構成とはその特徴を活かし、ホールの横幅をどれだけのレングスにするか、スロープの変化によってフェアウェイをどれだけ蛇行させ、グリーンに近づけていくか等が、名ホール造りへの鍵となります。
現代でも名コースを造る基本的条件の一つに、地形の高低差25~30mが望ましいと言われる所以は、クラシック時代のコース造りにあった土地が持つ自然のスロープラインの活用にあるからです。
ブームを呼んだモダンクラシックコースが抱える問題点
1993年、Bill Cooreと才人Ben Crenshawのコース設計家コンビがネブラスカの砂質豊かな壮大な放牧地に、Sand Hills Golf Clubを発表しました。このプロジェクトで二人が目指したものは、戦後のモダンコースが抱えた増え続ける造成コストの問題を解決する上で、クラシック時代への回帰に挑戦することでした。グリーンの予算の掛かる3層構造からなるUSGA方式ではなく、昔からの良質な砂を固めただけのPushed Up Green方式で、バンカー砂もその土地の自然な砂を活用しました。そして最も大事なことは、流行っている芝種を条件を無視しても使うのではなく、環境によりあった芝草を選択したことです。95年、Sand Hillsは世界TOP100コースの最上位にランクアップされ、世界中のゴルフコースマニアたちから注目を受ける事となります。
Coore & Crenshawの成功は、学術派のクラシックコース設計家として、当時まだ若手だったTom DoakやGil Hanse, スコットランド出身のDavid M Kidd等に勇気を与え、DoakとKiddはオレゴンの大砂丘地帯、Bandon Dunesのゴルフリゾート開発で、Sand Hillsと全く同じ手法で、コースを完成させていきます。
2001年にPacific Dunesが完成した時、その造成費用は僅か$350万ドル、それは当時フロリダなどのリゾート開発で作られるコース予算の1/3に近い数字出した。KiddのBandon Dunes, DoakのPacific Dunesも完成したその年に、世界TOP100コース入りを果たし、ここでゴルフコース設計界は、戦後から続いたモダンコース時代から、予算のかからないモダンクラシックコース時代に突入していきます。
ディベロッパーたちの多くは、都心から遠距離にあろうと、土地の条件がコース造成に相応しい用地を探し求め、低予算での開発に踏み切ります。
しかしそれらの開発地は都心部から車で2~3時間を要するのは当たり前でした。
2006年のサブプライムローンに始まり、09年のリーマンショック以降、米国ではこの10年間、1,000コースものゴルフコースが倒産、閉鎖に追い込まれました。それらの多くは僻地に造られ、設計者の知名度の低さ、または人気の去ったベテラン設計家たちの作品がその対象となりました。年間を通じて何万ものコンベンション客が訪れるあのラスベガスでさえ、コースはいくつも閉鎖に追い込まれたのです。
人気コース設計家たちの設計へのスタンスは、より自然の景観性を強調しようとその土地が持つ特徴を第一優先にします。例えば、樹木も多く生息しない環境にある砂質豊かな大平原では、自然の砂地を露出させ、ハザード効果を持たせて、フェアウェイを構成していく手法がブームを呼びました。米国ゴルフのメッカ、全米オープンも開催されるノースカロライナのPinehurst Golf Resortでは、20世紀初頭、開設時のオリジナルの姿に戻すことをPRに再開発が進み、その成功が更に歯車をかけたのです。
もちろんそれらのヴェストエリアは、モダンコース時代にその土地の環境に相応しくないにも拘らず、無理やり人工的美観で造られた惨めな景観のヴェストエリアやバンカー群とは違い、デザインバランスには何の違和感もないものです。ただこれが当たり前のように、どの作品にも見られてくると、作品の戦略性、特徴、魅力とは?にやや疑問が投げかけられてきます。
ここ数年、カナダや豪州では、それまで政府から造成許可が出なかった美しいコーストラインにいくつものモダンクラシックコースが誕生しました。
大海原をバックにするコーストラインの景観性に、モダンクラシックのデザイン性はプレーする者たちを魅了しました。
しかしそれらのコースの中には、設計家自らがコーストラインの景観に酔いしれ、それを更に強調しようと思うがために、コース設計の肝心なパートを忘れてしまっている作品も見られます。それは18ホールの流れとなるルーティングプランの構成です。
それらの作品のいくつかは、現在仮に高い評価を得ていても、いずれは世界のトップレベルのリストから消えていく作品になるかも知れません。
By Masa Nishijima