本場英国の名ホールの攻略理論から誕生した8つのクラシック設計の理論。
その後、1910~30年代にかけて、世界中に名コースが誕生したゴルフコース黄金期(Golden Age)には、その枝葉として、16の設計理論が誕生し、更に32の理論へと拡散、進化していった。
東京クラシック、北海道クラシックの計36ホールに、このクラシック設計の理論に類似するホールがいくつあるだろうか。皆さんで検証してみて下さい。

ホグバック(Hog’s Back)ホールとは。

英国では雄豚の背のように丸みをもつ起伏な地形をホッグバックと呼びます。そのようなことからリンクスコースでも尾根のような起伏を持つホールや、丸みを帯びた形状のグリーンに、ホグバックの名称をよく付けます。日本では馬の背グリーンと表しますが、英国では豚の背中になるわけです。米国では亀の甲羅をよくそれに例えます。

National Golf Links of America #5

National Golf Links of America #5

米国コース設計の父C.B.マクドナルドはリンクスに多く見られるホグバックホールの特徴を彼の代表作ナショナルゴルフリンクスオブアメリカの5番ホールで設計しました。それは広いフェアウェイに尾根のようにのびるマウンドを超えると起伏あるダウンスロープによってボールは様々な転がりをみせ、次のショットに大きな影響を与えるものです。まさにリンクスの固い土壌にみられる打球のランの度合いをマンメイドの世界で表現したマクドナルドのアイデアで、後に彼の設計パートナーであったセス・レイノーやチャリー・バンクスによってホグバックホールは地形を活かした様々な設計に取り入れられ、本場リンクスのテイストとして全米中に広められていきます。但し、80年代にブームを呼んだスコティシュアメリカンタイプのコースに多く見られた奇抜な人工的マウンドでローリングしたフェアウェイはホグバックの設計理論とは異なるもので、その多くはリンクスのルックスだけをモチーフした作品に過ぎません。マクドナルドと同じくクラシック時代の巨匠と称えられるドナルド・ロスは、フェアウェイではなく、ホグバックをグリーン上で表現しました。但しこれも日本の馬の背とは異なり、二つの起伏を組み合わせた形状で、彼の名作パインハースト#2コースのグリーンにもそれをみることができます。それらは縦の起伏によってグリーン奥がフォールアウェイの傾斜にあることから、全米オープンでも多くの選手たちがグリーンには乗せたがボールは転がりおちていく悲劇にあったことは記憶に新しいことです。

National Golf Links of America #5番PAR4 名称Hog’s Back

hogs_back

戦略的砲台グリーン、ノールホールの理論とは。

クラシックコース設計の定義を築いたC.Bマクドナルドが、グリーン造成にはじめて高さ3メートルほどの盛土をして造ったのが今回ご紹介するノールホールです。ルックスは日本の古くからの名門に多く見られる人工的な砲台グリーンと類似していますが、その内容は異なり、砲台にしたグリーン面の特徴にホール攻略の理論が説かれています。ノールホールのモデルとなったのは、セントアンドリューズの北16キロほどの距離にあるスコッツクレイグGCの4番ホールのグリーン造形とショートパー4におけるその戦略的レイアウトでした。マクドナルドは距離が短くともラフで分断されたフェアウェイの手前とその先からのショットにおいて、縦の攻略ルート理論を唱えました。ビッグドライブをもって、グリーンに近づけばグリーンの高さからその面が100%把握できなくなるが、距離を残したラフの手前からならば地形の高さからグリーン面の後方部が確認できます。ここにマクドナルドは独自のアイデアで浅いスウェール(溝)を持つ二段グリーンを形成し、その後方部は左右どちらかに流れる傾斜ライン、前部は馬の背に近い形状のグリーンを造りました。これによって距離を残したアプローチでは後方にピンが切られた時にその難度は上がり、距離の短いアプローチには、見えないグリーン面におけるイマジネーションショットの愉しさを伝えたのです。このノールホールのグリーン形状はコース研究家たちの中に「グリーンセンターに深い溝を持つ「ビアリッツ」やパッティング技術を要求する「ショート」のパー3理論を砲台の上に描いたショートパー4の理論」と述べる者もいますが、マクドナルドの理論はあくまでドライバーをもって果敢にグリーンに近づけるか、それとも安全にプレースメントするかの縦の攻略ルートを重視した内容にあります。飛距離が伸びた今日では、このノールホールは1オン可能なドライブエーブルなホールになるかも知れませんが、外した時のリスク、又、仮にグリーンを捉えてもピンポジションによっては3パットを余儀なくされるでしょう。

Piping Rock Club #13 Knoll Hole

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図1 断面図

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図2 グリーン面の形状。

クラシック理論の定義にある「ロング」ホールとは。

「ホグバック」「ショート」など、C.B.マクドナルドがクラシックコース設計の定義としたその攻略理論にはまださまざまなものがあります。今回ご紹介する名称「ロング」ホールもぜひ皆様たちにご理解して頂きたい設計理論のひとつです。本場スコットランドのオールドリンクスでは、ロングとは18ホールの中で最も距離のあるホールを名称します。マクドナルドはセントアンドリューズオールドコースの14番「ロング」ホールの有名なヘルバンカーをターゲットに、2ndショットからの攻略ルートが左右二つに分かれ、左サイドからグリーンを攻めていくルートに有利性があることを悟ります。彼はこのホールで経験したハザードの配置と風によって攻略ルートが明確に変わるパー5のあり方を自身の作品ナショナルゴルフリンクスの9番名称「ロング」に取り入れました。それは3打を要するパー5の設計理論として、オールドコースの14番にアレンジを加えた発案でした。まずティからグリーンまでをストレートにレイアウトした構成の中、ティショットに対しダイアゴナル(対角線)に配置されたバンカー群をフェアウェイの前後に置き、プレーヤーに攻略ルートを選択させます。つまりティショットにおける攻略ルートにリスクを置いたわけですが、設計のポイントは後方に配置された側のバンカー群で、この中にオールドコースのヘルバンカーをモチーフし、攻略のターゲットラインとしたのです。マクドナルドの時代にはもちろん無かったことですが、現代のロングヒッターにとっては、ドローは明らかに不利であり、フェード系のティショットが有利になります。そして2ndショットにおいて、グリーン手前のフェアウェイにペナルとなる二つのバンカーを縦に配置することによって、ビッグドライブを打った者に対し、グリーンにより近づけるか、又はバンカーの手前に確実にレイアップさせるかの判断をさせるパー5の理論です。マクドナルドのロングにおけるハザード理論は、ティリングハストやジョージ・トーマス等、クラシック時代の黄金期を築いた設計家たちによって更に進化を遂げていきます。パー5をすべてロングホールと呼ぶのは、けして正しいとは言えないことがご理解できたはずです。

National Golf Links of America #9「Long」 540ヤード

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バンカーの名称で最も多いサハラ砂漠

Baltusrol_17.SAHARAjpgセントアンドリューズが好例のように、英国のリンクスには各ホールの名称だけでなく、バンカーにもその特徴を表した名称が付いています。クラシック時代にそれらは米国にも伝えられ、その中で最も数多く付けられたのがサハラの名称を持つバンカーです。この名称はサハラ砂漠を想像するように、コースレイアウト上にフェアウェイを分割するかのような広大な砂地帯(ヴェストエリア)及びバンカー群を指してそう名付けられました。サハラを最も活用したクラシック時代の設計家は名称アルバート・ティリンガストでしょう。彼はダブルドッグレッグホールの手法等でも、フェアウェイをステレオタイプに分割するハザード群を設け、そこをサハラと名称しました。有名なところでは彼が設計アドバイザーとして参加した世界ナンバー1コース、パインヴァレーの8番ホールのティとフェアウェイの間に存在する巨大なヴェストエリア地帯、又、彼の作品の中で、最も数多くのメジャートーナメントが開催されたバルタスロールの17番に、フェアウェイを大きく横切る広大なバンカーがサハラの名称で知られています。アルプスホールの解説でもご紹介しましたが、初のジ・オープンが開催されたプレストウィックの17番のように、小丘によってブラインドとなるアプローチショットに対し、グリーン手前に設けられた広大なバンカーにサハラの名称が付いています。実は日本にも戦前からこのサハラバンカーは存在しています。東京GCの14番で、設計家大谷光明は、アリソンが東京GC旧朝霞コースの18番や廣野の6番で設計したティーショットで巨大なマウンドを超えるアルプスホールに、プレストウィックのグリーン手前にサハラバンカーを配置するアイデアを複合させました。東京GCが開設された当時、それは巨大なひとつのバンカーでしたが、現在はプレー進行を考慮し、導線がひかれ、バンカーは分割されています。パルタスロールのサハラも同様で、かつては巨大なハムモックバンカーでしたが、現在は東京と同様に分割されたバンカー群になっています。

Baltusrol(Lower) #17番PAR5

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Pine Valley #8番PAR4

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MASA NISHIJIMA

ゴルフコースコメンテーター&コースアドバイザー。東京生まれ。
明治大学卒業後、米国留学。
ドン・ロッシーの元でゴルフコースのクラシック理論を学ぶ。
現在まで世界56カ国2300コース以上を視察。
1989年より、米ゴルフマガジン誌世界トップ100コース選考委員会に所属。
1991年から2015年までは同委員会の国際委員長を務める。
「ゴルフコース好奇心」,「ゴルフコース博物誌」「The Confidential Guide 」などの著書もある