クラシック設計のそのテクニカルな発想
By MASA NISHIJIMA

 

Chapter 4

マッケンジーと当時のクラシック時代の設計家たちとの作品の違いはどこにあるでしょうか。それはグリーンコンプレックス全体の違いにあります。グリーンコンプレックスとは一般的にグリーンとその周辺全体を意味しますが、その範囲を更に広げたのがマッケンジーの作品でした。クラシック時代までの多くの設計家は、バンカーで掘った土砂をグリーンの高さに盛り土する方法とよくとっていました。つまりグリーンをより雄大に見せるためです。ところがマッケンジーは、グリーン面をグランドレベルなままに、バンカーで掘って出た土砂はバンカーエッジ及びマウンドを造ることで、その高さからのスロープをグリーン面のコンターライン(Contour Line)として流し込み、それをアンジュレーションとして活用しました。更に彼の優れた点は、そのマウンドやエッジの高さが、周辺から流れるスロープの高さにマッチするリッジ(尾根のスロープ)を形成していることです。それは時にターゲットポイントとなり、打球をグリーンに転がし入れるリンクスの効果を演出します。オーガスタナショナルの8番はその良い例です。

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マッケンジーの造成法を最も表した8番のパンチボウルグリーン

つまりマッケンジーのグリーンコンプレックスはホールロケーションによっては、グリーン周りだけでなく、その範囲は広く、戦略的ルートを持っていることを意味します。それは彼の描いた当時の図面からも判断できることでしょう。トム・ドォークが前項で紹介したパサティエンポを大幅に修復した際、最も注意を払ったのが、このグリーンコンプレックスのスケールでした。それはひとつでも間違えれば、マッケンジーのコースではなくなり、自らの個性、理念を押し付ける結果になるからです。豪州のロイヤルメルボルン、キングストンヒース、ビクトリア、ニューサウスウェルズなど、名門の多くにマッケンジーの名が設計家として刻まれていますが、これらすべてのコースに、彼が直接現場指導に入れることは不可能でした。しかしながらどのコースもマッケンジーらしさを図面から引き出し造り出しています。彼らは何故にそれが出来たのでしょうか?

それは マッケンジーのグリーンコンプレックスの造り方、その理論を正しく学んできたからに他なりません。けして観たものをコピーするような甘い精神で完成させた作品ではないのです。

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マッケンジーが目指した オールドコースの自然の起伏を活用した グリーンコンプレックス。

さて、オーガスタナショナルは、これまでどのグリーンも幾度となく改造されてきましたが、このマッケンジーの造成コンセプトとセント・アンドリューズ・ オールドコースへの精神だけは変えることなく行われてきました。皆様たちはそれをあの坂のような傾斜のグリーン面で、Contourの大きな起伏が球を留 めているかのようにあることを発見できるでしょう。それは球の転がりに、イマジネーションを駆り立てる蛇行性を持っています。地形の傾斜ラインを活用して グリーンを造るアイデアは、まだグリーンの芝の刈り高が10mm以上であった時代に、球の転がりを楽しませることから思いついたもので、マッケンジーに とって、そのモデルがセントアンドリューズのオールドコースのグリーンの起伏だったのです。

Chapter 5

オーガスタナショナル、何故にバンカーが少ないのか。
オーガスタナショナルのバンカーの美感は世界中のゴルファーを魅了し続けています。しかしその数は意外にも少なく、計44個しかありません。マスターズを生で観戦された方、TVでご覧になられた方、どなたもがその数の少なさに驚かれるでしょう。大半のバンカーはグリーン周りに存在しています。更にグリーン奥のバンカーもプレーの視界からはっきりと見せる手法を取り入れています。オーガスタはマスターズの為に幾度も改造を繰り返してきましたが、1930年代、設計者A・マッケンジーのオリジナルは、バンカーの数が僅か27個しかありませんでした。けしてマッケンジーはバンカーを多く造らなかった人ではありません。カリフォルニアの名門サイプレスポイントやヴァレークラブモンテシートではオーガスタの倍の数のバンカーが点在しています。では何故にオーガスタは少なかったのか? その理由は地形の高低差に存在するスロープラインをより活かすための手段だったのです。彼はオーガスタの壮大なスロープラインほどゴルフコースに適したものはないと論じています。設計の段階で前足下がり、又は上がりとなる縦のスロープ、つま先下がり、又はつま先上りとなる横のスロープをレイアウトの中に巧みに取り入れることを念頭に置きました。横にスロープが流れる地形で、ティショットを僅かでもミスすれば、そこがフェアウェイであろうとまるで法面の傾斜から打つのと変わらないほど厳しい条件でグリーンを狙いにいかなければなりません。

マッケンジーはそこにバンカーを配置し、ティショットにペナルを与える理由はどこにもない、あらゆる自然のライの中でゴルフを楽しませたいと考えました。10、13番の右から左に流れるフェアウェイのスロープラインなどはその例です。そこには方向性を定める為のターゲットバンカーすらも存在していません。逆にマッケンジーは縦のスロープで、登り斜面に威圧感のあるバンカーを置くアイデアを取り入れています。1,18番のフェアウェイバンカーがその例でしょう。改造を繰り返してきたオーガスタですが、これだけはマッケンジーの設計哲学として守られています。

視界の死角 オーガスタナショナル #13 510yrds PAR5

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今日の13番グリーン photo by Larry Lambrecht

横のスロープラインとグリーンの配置角度
ドッグレッグラインに沿って、FW右から左手前に流れるスロープを活かし、右の矢印のポイント付近まで球を運ぶと、セカンドでグリーンを縦に捉えることができる。しかし、わずかでもFWセンターよりに打球が留まると、つま先上がりのライからのショットが要求され、ひとつ間違えるとクリークから30度角に配置されたグリーンの右サイドの危険地帯に打ち込む。

This image shows the current No. 13 hole witch played as the No. 4 in 1934.

開設当時の13番グリーン

オーガスタナショナル #12番 “Golden Bell” 155yrds PAR3

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今日の12番 photo by Larry Lambrecht

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ティーからの視界に入るクリークラインに対し、真横にレイアウトされているかに見えるグリーンだが、ここも実際には35度角に配置されている。ピンが右にいけばいくほど、カモフラージュされた視界の死角に落ちる可能性が出てくる。

This image shows the current No. 12 hole witch played as the No. 3 in 1934.

開設当時の12番グリーン

Chapter 6

グリーンフロントの重要性を伝えた世界最大のパー3 PART 1
グリーンの難度とはどこにポイントを置き、トッププロたちにあらゆる技術を駆使させることができるか。トーナメントコースの改造において、それは最大のテーマでしょう。グリーンのスピードとコンパクションを高めれば、ある程度の難グリーンにはなりますが、トッププロ達の様々な攻略法を引き出せるとは限りません。かつて日本ではグリーンは手前から攻めることが通常でした。それはグリーンの前部が最も安全且つフェアなゾーンであったからです。しかしリンクスやクラシックコースではそこが必ずしも安全なゾーンに考えられていたわけではありません。むしろグリーンの特徴を引き出す最大の箇所という認識にあり、今日多くのコース改造がこの理論に回帰しているのです。図はセントアンドリューズオールドコースの11番パー3です。ハイホール(イン)の名称を持つこのホールは、かつてジ・オープンで様々なドラマを生みました。初めてジ・オープン、オールドコースでボビージョーンズは左のヒルバンカーから脱出に4打を要し、スコアカードを破いてしまった話しは有名です。更に多くのプロたちが手前のストラスバンカーにつかまり、戦線から脱落していった歴史があります。何故彼等がそのリンクスの罠にはまったのか、それはグリーン前部の傾斜と起伏が最も危険な箇所だったからです。

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ダブルグリーン 左 11番ホール 右7番ホール

矢印はグリーン面の起伏によって生まれたアンジュレーションの流れを指します。グリーンを捕えたはずの打球が風で勢いを失えば、ストラスバンカーに転がり落ちることもあります。センターから奥に狙いを定めるならば、パッティングは下りの勾配度の中、複雑なアンジュレーションを読む能力が必要とされます。ピンが左奥に切られた時、風の計算を間違えれば、ジョーンズのようにヒルバンカーの餌食になることもあり、多くのプレーヤーたちはストラスバンカーの奥からむしろ右をターゲットにするケースもあります。このホールの攻略法は、20世紀初頭、C.Bマクドナルドによって、イーデンホールのクラシック理論として米国に伝えられ、多くの設計家たちがグリーンのフロント部分のあり方をグリーン上の戦略性に取り入れたのです。

グリーンフロントの重要性を伝えた世界最大のパー3 PART 2

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開設当時の4番グリーン

セントアンドリューズ・オールドコース11番のグリーン前部とバンカーの配置をクラシック設計の定義として米国に紹介したC.Bマクドナルド。そのイーデンホールの理論は、後に多くの設計家たちによって広められていきます。

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Augusta National #4 PAR3 240yrds 1933年開設当時 アリスターマッケンジーのオリジナルデザイン

球聖ボビージョーンズをパートナーにオーガスタナショナルを設計したアリスターマッケンジーもそのひとりで、オールドコース11番をオーガスタの4番パー3にインスパイアしました。ジョーンズは「マッケンジーの設計は11番と7番ホールを共有するダブルグリーンをシングルグリーンに置き換えたアイデアだった。」と述べています。登り斜面を活用したグリーン前部は、その面積の1/4を占めています。このフロント前部でピンを切れるのは斜面上部の右サイドだけです。ここにピンが切られた時はまさにオーガスタのキラーピン、ひとつ間違えればダブルボギーになる危険度を持っています。開設当時はこの斜面を転がり上っていくのも攻略法のひとつで、打球に勢いがなければ右のバンカーに転がり落ちていきました。フレッドカプルスはどこにピンが切られようとも斜面を登った右サイドの僅かなフラット面を狙うしかないと語ります。更にリスクを逃れる2ショット1パットの攻略ルートもマッケンジーは提供しました。それはジョーンズが語るオールドコースのダブルグリーンをシングルグリーンに凝縮したというアイデアにヒントがあり、グリーン右サイドをターゲットに、仮にグリーンを外した右側の起伏部分にボールが行っても、パッティングラインが読みやすいアプローチが可能になることです。それはオールドコースで譬えるならば、7番グリーン側からのパッティングルートと相通じるものです。このようにグリーン前部にグリーン上の戦略性を持ちかけるとトッププロたちはあらゆる技術をもって攻略法を模索するでしょう。高度なグリーンを造り上げるにはこのフロント部分のコンターに重要な要素があることをご理解下さい。

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オールドコース11番High Hole(IN)


masa-nishijima-photo-by-brian-morgan_sq-320x320MASA NISHIJIMA

ゴルフコースコメンテーター&コースアドバイザー。東京生まれ。
明治大学卒業後、米国留学。
ドン・ロッシーの元でゴルフコースのクラシック理論を学ぶ。
現在まで世界56カ国2300コース以上を視察。
1989年より、米ゴルフマガジン誌世界トップ100コース選考委員会に所属。
1991年から2015年までは同委員会の国際委員長を務める。
「ゴルフコース好奇心」,「ゴルフコース博物誌」「The Confidential Guide 」などの著書もある