連載 GOLF Atmosphere No.113 / テキサス州ダラス近郊に完成したPGA本部のゴルフリゾート。
ゴルフマーケットの中心はフロリダからテキサスに移行か?
2018年にPGA本部がフロリダのパームビーチガーデンからテキサス州ダラスの北28マイルのニュータウン、フリスコ(Frisco)に移転する計画をアナウンスしてからダラスを本拠地とするOmni Hotels & Resortグループをファイナンシャルパートナーに置き、僅か6年の間に壮大なその計画の第一ステージが完了しました。
PGA of AmericaのCEOであるSeth Waughは、フロリダパームビーチガーデンズからノーステキサスへの移転についてその動機を以下のように述べています。
「私たちは60年間同じ建物と限られたプロパティーの中にいました。そしてリフォームするか、移転するかを選択する必要に迫られました。フロリダでは近くにオフィススペースを借りましたが、機構を成長させるに十分なスペースがありませんでした。我々は、シャーロット、アトランタ、フェニックスなど、我々を迎え入れるに相応しいゴルフに理解ある素晴らしいコミュニティを見つけました。パームビーチカウンティとフロリダ州は直ぐに新たな立候補地を探し魅力的な申し出をくれましたが、ノーステキサスのフリスコ市(Frisco)はあらゆる点で候補地の中ではナンバー1でした。1つは、非常にビジネスフォワードな場所であるテキサスの財政的インセンティブです。フリスコ市には開発するに必要な650エーカー以上の土地があり、それをゴルフに使用できることを強く望んでいました。フリスコでのチャンピオンシップにコミットし、本部を建設し、公有地であるゴルフ施設を運営するという我々の開発計画は彼らにとっても非常に魅力的でした。この取引には9000万ドルの減額も含まれています。これは、PGAが今後20年間固定資産税を支払わないことを意味します。」
テキサスはご存知のように米国の中で個人所得税、法人所得税がかからない7つの州の一つです。PGAにとって本部移転は大きな夢でしたが、テキサスの税制はそれを進める最大のポイントにもなったのでしょう。それでも運営していく上でファイナンシャルパートナーが必要でした。パートナーを模索する中、ダラスに本拠地を置くオムニホテル&リゾートグループと5億ドルの契約を結び、ホテル&リゾート、ショップなど含めたコマーシャルゾーン、PGA本部、コンベンションセンターの建設、更に2つの18ホールコースなどを設立する当初からの夢は現実のものとなったのです。
PGAの新しい本部フリスコはより大きなオフィススペースを提供するだけでなく、米国ゴルフ界の新しい本拠地を作る機会を提供しました。それは地理的に国の真ん中にあり、東西からのアクセスの良さを付け加えました。そこはゴルフの世界が米国市場の中心にある事を意味します。
PGA Friscoのトーナメント可能な2つの18ホールコースは、皆様もよくご存知の名匠Gil Hanse設計のFields Ranch East Courseの他に、Beau Welling設計のFields Ranch West Courseからなり、更に10ホールのPAR3コースと広大なレンジ、パッティンググリーン施設があります。
2025年にはKPMG Women’s PGAチャンピオンシップ, 2027年, 2034年度PGAチャンピオンシップ(全米プロ)の開催も既に決定しています。
Fields Ranch West Courseを設計したBeau WellingはFriscoの開発全体のランドスケープやコンサルティングも担当しました。彼は設計家として大変ユニークなキャリアの持ち主です。Wellingは知的で創造的な追求に並々ならぬ情熱と熱意を持ち続けており、それは彼の多様な経歴からもうかがい知ることができます。ブラウン大学で物理学の学位を取得し、ロードアイランド・スクール・オブ・デザインでランドスケープ・アーキテクチャーも学びました。その後、アイルランドのダブリンにあるトリニティ・カレッジで学び、この経験がきっかけとなってサウスカロライナ大学で国際ビジネスの修士号を取得しました。
ドイツで投資銀行家としてキャリアをスタートさせ、シーエンスAGの役員にまで登りつめましたが、父の関係で知り合ったTom Fazioにその才能を買われ、何と金融界を離れ、ゴルフコース設計の世界に入りました。Fazioのチームに在籍中は80近くのプロジェクトに関わり、会社全体の経営までも指揮をしました。2007年に独立し、Beau Welling Design社を設立し、その学歴と職歴からビジネスコンサルタントを含む総合プロデューサー的才能も発揮します。彼はTiger Woodsがコース設計事務所を立ち上げた際のビジネス&設計コンサルタントにもなっています。更に彼の経歴で最もユニークなのはスコットランドの無人島が発祥となったカーリングがあります。彼は1988年カルガリーオリンピックで初めてこのスポーツに出会いその虜になってしまいます。2006年のトリノ大会以来、積極的にカーリングに関わり、その貢献が認められ、2018年に世界カーリング連盟の理事に選出され、22年には会長に任命されました。そして彼の多彩な才能はPGAオブアメリカのテキサス移転にも大きく貢献します。
古きテキサスからの脱却。
1970年代、原油価格高騰の恩恵を受け、天然ガスと共にテキサスの経済は高度成長を遂げますが、テキサスの経済はそれだけでなく、林業やメキシコ湾での水産業も同様に大きな数字を示していきます。1980年代に入り、石油不況の波が押し寄せる中、DMの普及から通販によるロジスティックの拠点となったネブラスカ州オマハに対抗するかのように、通信の拠点として米国の中心部に位置するテキサス州には多くの企業が本社を構えるようになります。法人所得税がかからないテキサスの環境もそれを後押ししました。情報を一手に収集分析できるインテリジェントビルの開発、800番フリーダイヤルによるテレマーケティングの登場です。その拠点としてダラス郊外アービング(Irving)に開発された副都心ラス・コリナスは未来都市のモデルとして全米から注目を集め、日本からも多くの企業がここにオフィスを構えました。ダラスは東西間の長距離通話を中間点としてコネクトする事で、その料金が半分に抑えられる事からテレマーケッティングの重要な拠点となったわけです。90年代に入るとCoore & Crenshaw設計のゴルフコースも誕生し、ラス・コリナスはインテリジェントシティとして繁栄を迎えます。
全米の通信網の拠点、ハブ都市圏となったダラス/フォートワースは、当時空港の敷地規模も全米一を誇っていました。敷地に隣接する36ホールを持つBear Creek GCは航空会社及び空港職員が集う憩いの場で、乗客たちにとっても一汗かいて時差ボケを解消できる最高の立地にあります。
そんな景気に沸いたダラスでしたが、それも一時的なもので90年代のIT革命から全米中の長距離通話料金の一定化に伴い、新たなマーケテイング開発が必要とされました。ダラス及びその近郊に本社を構えていた企業の中にはテキサスを離れ、人口密度の高い東部、西部の都市へ戻る企業も少なくありませんでした。あのラス・コリナスのオフィスビルすら空室が目立つようになったほどです。
しかし2000年近くになると半導体の開発製造でも知られるTexas Instruments Inc等エレクトロニクス産業の成長とエクソンモービルなどの復興もあり、ダラスの経済は一気に上向きます。バンク・オブ・アメリカ、ウェルズ・ファーゴ、JPモルガン・チェースなど、古くからダラスに進出している金融大手はテキサスの成長を加速させていきます。
そして2017年以降、テキサス全般で起こっているのはスポーツビジネス界の注目を集める開発、特にダラス・フォートワースでは各種競技イベントやスポーツコンベンションが次々と開催されています。
PGA本部の移転はその流れの中で起こった事であり、同じFriscoにはテキサスの誇りとも称されるダラスカウボーイズの本部と広大な練習施設、それに伴うホテルやコマーシャルゾーンも完成されており、レンジャーズ配下のマイナーチームのスタジアムも新しく建設されています。多くの関連企業がダラス・フォートワースに移転する中、スポーツビジネスだけで何十万もの雇用を生み出しているとも言われています。
そして彼らのレジャーの一つであるゴルフを遊び心で楽しますアミューズメント施設がTOP GOLFで、これがダラス周辺だけで既に4棟も建設されています。
ノーステキサスの人口の急激な伸びは、現状のゴルフ場数だけでは足りなくなり、多くの投資が新設のゴルフ場に集まっています。このスポーツビジネスの好景気は古くから存在する名門ゴルフクラブにも及び、フォートワースの名門、テキサスオープンの会場でも知られるColonial Country Clubは何と$2,000万ドルもの資金を持ってもコースからハウスまでの大幅なリノベーションを行なっています。コース改造の設計者Gil HanseはFriscoのPGA本部コースと共に、ノーステキサスだけで二つのPGAツアーのコースを担当する事になります。
Fort WorthのColonial CCの他にDallasには1921年に設立されたBrook Hollow GCがあります。名匠Albert.W.Tillinghastがテキサスで設計した唯一のコースで、テキサスをベースにするCoore & Crenshawのコンビがコースをリノベーションしました。彼らはSMUのホームコースとしても知られるTrinity Forest GCも設計し、セミプライベートな事からDallasを訪問するゲストには大変人気のコースです。またTom Fazioが2002年に設計したDallas National GCはダラス・フォートワースの多くの名士、起業家たちのホームコースになっています。
PGA本部を囲むゴルフリゾート開発は、今後米国のゴルフマーケットの中心をフロリダからノーステキサスに移行していく可能性を秘めたものでしょう。ひょっとすると近い将来、オーランドで開催されているPGA ShowもFriscoとDallasのコンベンションセンターで開催されるようになるかも知れません。そんな勢いが今、ノーステキサス全体に広がっています。ホテルの建設ラッシュも全米一で、来年には計2万室を超えるだろうとの事、当然コンベンション事業にも大きく影響しています。
現在Friscoに続く話題性あるゴルフ場開発では、何とDallasから車で4時間、ウエストテキサスの砂丘地帯に小型機専用の市営空港しかない人口5000人の町Childressにさえ、今、DoakとHanseの36ホールを持つプライベートリゾートが建設中で、今後は更に新設のゴルフコースは開発されていく事でしょう。
Text by Masa Nishijima
Photo Credit by Larry Lambrecht, PGA Frisco, GOLF.com, BW Golf design,
Masa Nishijima, TOP GOLF, Dallas News