髭は伸ばす派?剃る派?

と、選ぶことのできない馬に、この度、新たなルールが定められました。

対象となるのは、オリンピック競技でもある『馬術競技』に出場するスポーツホースたち。
具体的には、
「医療等の目的に以外で、馬の触覚毛(ヒゲ等)が刈りとられたり、剃られたり、その他いかなる方法でも除去されている馬は、競技会において失格」

オリンピック直前の2021年7月1日から施行されることになりました。

そもそも、馬のヒゲは人の髭とは随分異なります。

ルールブックの英語表記では「sensory hairs」、日本語表記では「触覚毛」と訳されており、馬のヒゲは洞毛(=血洞毛)と呼ばれる毛状の感覚器官の一つです。
そして、蹄と同様、タンパク質やケラチンなどでできていて、毛根の周りには神経が通り、口だけでなく目の周りにも存在します。

周囲の情報を察知することに優れ、毛先に触れた感覚から対象物までの距離を認識することで、鼻から口元の「死角」となる範囲の安全性を確保することができます。また、大きさや動きを探知しながら、過去に食べたり嗅いだりしたことのある物か否かを判断し、口や鼻を近づけていくのです。
同様に、目の周りの毛もまた、大切な目そのものを保護する他、ハエなどの「異物」の接近を知らせるこで「まばたき」を起こさせる働きもあります。

つまり、馬にとってのヒゲは、身を守る大事な大事な手段。
そして、これは今に始まったことではなく、馬に携わる人々にとっても周知の事実なのです。
ではなぜ、刈るのか。

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その理由は様々ですが、中でもよく言われるのが2点。
「見栄えが悪い」と「邪魔になる」

見栄えが悪いと言うのは一目瞭然。特にショーアップされた舞台に立つ馬たちにとって、ボサボサのヒゲは野暮ったく見えてしまいます。

邪魔になると言うのは、装着する馬具との兼ね合い。馬が怖がらないように、人間とのコミュニケーションがより潤滑になるようにと装着する馬具が、ヒゲに絡めば、やはり馬も不快な思いをすることでしょう。
どちらも、人間の都合と言ってしまえばそれまでですが、無闇矢鱈に刈るのではなく、馬を思い、馬とのより良い関係を求めて「整えて」きたのです。

実際、人間と密接な馬たちは、清潔な環境で飼養され、栄養管理された飼料を与えられ、外敵からも守られていることが多いのですから、ヒゲを刈ることが生命を脅かすほどの大きな影響を与えるとは考えられません。

さらに、馬術競技におけるルールの制定に先立ち、「刈る」「剃る」の程度や頻度についても、専門家と現場の間で意見交換が繰り返されました。

もちろん、守られるべきは馬のウェルフェア。
けれども、「馬の幸福」をルールで定めることには、まだまだ論議の余地が残されているようです。

 
 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。