俗称:馬肥(ウマコヤシ)。

馬が特に好んで食べることから、日本では昔からクローバーのことを「馬肥」と呼ばれてきました。

英語のクローバーとは、200種以上の車軸草に属する種の総称なのだそうです。

そして、その中の一つ、シロツメクサ=Trifolium repensこそが馬肥。

原産はヨーロッパで、江戸時代に日本に入ってきたと考えられています。

なんだ、雑草じゃないか!

と思われるかも知れませんが、馬は草であれば何でも食べるというわけではありません。

嗜好性の高いものもあれば、好まざるも食すものもあります。反対に、馬が誤って食べてしまっては命すら危ぶまれる草もあるのです。

今回は、そんな馬と草の関係をお話ししたいと思います。

100万年以上もの間、馬は草食で進化してきました。

彼らは生命を育むため、栄養価が高く、消化に良い植物を好み、有害な植物を見分ける能力も備えてきました。

ところが、人と共存する過程で、少しずつその生活に変化が訪れます。

その一つが「放牧」。

放牧=草食べ放題!=馬はHappy!!

と思われるかも知れませんが、いつ、どこで、どれくらい放されるのかを管理するのは人間です。つまり、馬にとっては必ずしも安全安心な状態で放牧されるとは限らないのです。

もちろん、牧草地であれば栄養価が高く、消化に良い植物が自生又は栽培されているのが一般的ですが、中には植物が生えただけの原っぱという場所も少なくありません。

仮に牧草地であっても、馬が自由に移動できる範囲が狭かったり、季節によって食べられる植物が限られている場合、馬は有害な植物であっても口にしてしまうことがあります。

ましてやそれが、未整備の原っぱであれば尚更のこと。馬は鼻先を器用に動かし、好みの植物を探し分けようとしますが、誤って有害な植物を含んでしまうことも簡単に起こり得るでしょう。

さらに、日ごろ厩舎で飼養されている馬が放牧されると、喜んで植物に向かいます。そして、勢い余って有害な植物まで食べてしまうことも容易に想像できます。

もう一つは「乾草」。

一年を通して安定して給餌できることから、乾草は世界中で便利に使われていますが、自然の摂理には反しています。

自生する牧草であれば、馬はひと口ごとに「噛み切る」という動作が必要です。それは、その分だけゆっくりと時間をかけて食べることになり、よく咀嚼し、消化を促すことに繋がります。

ところが、乾草ではこの噛み切る動作が不要です。そのため、食べすぎや咀嚼の不足が疝痛を引き起こす可能性を高めてしまうのです。

また、牧草の性質や栄養価は季節ごとに異なります。春の牧草は水分含量が高く、初夏に最も栄養価が高まり、冬場は乾草のように乾燥しています。これは、本来、馬が必要とする栄養サイクルと合致しています。

けれども、乾草の多くは最も栄養価の高い時期に刈り取られた牧草で作られます。となれば、一年を通して栄養価の高い乾草を与えることになるので、運動やエネルギーの消費に合わせて給餌する量を調整しなければならないのです。

加えて、乾草の質にも注意が必要です。万一、乾草に有害な植物が含まれていた場合、乾燥することで馬の嫌がる臭いや味が消えてしまい、馬が識別することが難しい状態になっているにもかかわらず、毒性だけを残すというケースも珍しくありません。また、乾草の製造工程や保管環境によって付着したカビやホコリが馬の健康を損ねる原因になりかね無いのです。

人にとって好都合な物ほど、馬にとっては不都合が多いのは世の常。
それでも、本来、馬にとって生命の源である草を、心置き無く食べられるような環境を整え、危険を取り除き、彼らの健康を守ることは、馬を飼う人間が果たすべき最低限の責任なのでしょう。

当たり前!と叱られてしまいそうですが、土に鼻を擦り着けて、小さなクローバーを食べる馬の意地らしい姿に、改めて「馬肥」を見つめ直した夏でした。

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。