Tokyo2020。日本の「お・も・て・な・し」を受けるのは人ばかりではありません。馬たちもまた、日本の「お・も・て・な・し」を楽しみにしています。

東京オリンピックの馬術競技に出場が予定されているのは、ジャンピング、ドレッサージュ、イベンティングの3種目を合わせて200頭。時に数億円、数十億円とも言われる一線級の競技馬が一堂に会するのですから、受け入れ態勢にも万全を期さなければなりません。

特に、強豪国の多いヨーロッパとは違い、湿度が高く、熱帯夜の続く日本の夏は馬にとっては過酷そのもの。トップホースたちの「オリンピック回避」を招かないためにも、競技時間の調整やエアコン完備の厩舎や室内馬場を整備するなど、馬の健康管理を考慮した準備が進められています。

さて、今やアスリートである馬たち。人を背に乗せ、道無き道を歩いたのも今は昔、世界中から海を渡り、どうやって日本に辿り着くかと言うと、彼らは皆、飛行機に乗ってやって来るのです。

 

座席ならぬ専用ボックスは一般的に定員3頭。1頭で入れば広々快適かと思いきや、本来、群れを成す馬にとって一人(馬)は心細く、実際には2頭1ボックスで長い空の旅を楽しむことが多いのだそうです。

機内では、日頃から彼らのケアを担当するスタッフが同乗していれば、彼らが対応できますが、出発地から目的地まで、その全ての手配を引き受ける専門の代行業者も存在します。

当然、馬たちにも国籍があり、出入国の審査があり、健康チェックも行います。私たちにとっては「馬は特別」ですが、やはりそこは動物。本来であれば、各国の定める動物検疫のルールに従い、出入国することになります。

ところが、それもまた一難。国によっては検疫に数週間、数ヶ月の時間をかけることもあり、当然、その間はトレーニングやレース、競技にも出場できなくなります。アスリートが数週間もトレーニングをできないのは致命的。しかもそれが、今を時めくスターホースであれば、一度の出入国でシーズンを棒に振ることになってしまうのです。

そこで、インターナショナルに活躍する馬たちには、競走馬、競技馬など、それぞれのスポーツごとに馬の登録を管理する団体があり、それを統括する国際団体によって共通に運用されるルールに基づき、世界中でトレーニングやレース、競技を続けています。

 

 

馬術競技において、その管理を司るのが国際馬術連盟(FEI)。公式の国際大会に出場する全ての馬は、各国の馬術連盟を通してFEIに登録され、パスポートが発行されます。また、2013年1月1日以降、FEIに登録される競技馬には皆、左首にマイクロチップを入れることが義務付けられているので、出入国の際には、パスポートと合わせて、このマイクロチップでも個体識別が実施されています。

かつて、オリンピックの馬術競技が他の競技と別の場所で実施されたことが2度あります。一度目は1956年のメルボルンオリンピック。畜産大国であるオーストラリアでは当時、動物検疫の基準が厳しく、馬の入国が容易では無かったことに配慮し、スウェーデンのストックホルムを代替地として開催されました。

二度目は記憶に新しい、2008年の北京オリンピック。こちらは同一国内での開催ではありましたが、中国本土ではなく香港が馬術競技の舞台となりました。イギリス植民地時代から盛んに競馬が行われてきた香港では、海外から馬を受け入れるルールや施設が整っていたこと、またその経験がオリンピックを成功に導いたと言われています。

 

馬が飛行機に乗って移動する時代。ホーススポーツへの理解の高まりや、ルールの整備も進み、今では海を越えて各地を転戦する華やかな世界ツアーも行われています。そんな百戦錬磨の馬たちがやってくるTokyo2020。優雅で美しい馬たちの競演が今から楽しみです。

 

 

 

 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。