9月。猛暑もひと段落、朝晩は少し過ごしやすくなりました。

秋の気配と共に、馬術書についてお話ししたいと思います。

哲学の父・ソクラテスの弟子であり、歴史家、軍人として知られるアテネのクセノフォンは、偉大な馬術家でもありました。

古代ギリシア・アテナイで貴族階級の息子として生まれたクセノフォンは、美しく穏やかな少年でした。二十歳を迎える頃に哲学者・ソクラテスの弟子となり、約10年の歳月をソクラテスと過ごします。そしてその間の彼との対話を事細かに書き記し、後にMemorabilia(=ソクラテスの思い出)をはじめとした数々の著書にまとめます。これは、自ら一切の記録を残さなかったソクラテスの哲学を後世に伝える貴重な導となりました。

そして、若くして馬術の心得のあったクセノフォンは、紀元前401年、バビロンの戦いで騎兵部隊の司令官に抜擢されます。以来、数十年に及ぶ騎兵隊での経験を2冊の馬術書としてまとめます。

その一つが、On Horsemanship(=『馬術について』/=De equis alendis:ラテン語)。もう一つが、Hipparchicus(=『騎兵隊総指揮官について』)。馬の扱いと共に、騎兵部隊を率いるリーダーの心得を今に伝えています。

とは言え、クセノフォンが生きたのは紀元前400年頃のこと。中には神々の助言や迷信、儀式的な記述も含まれ、必ずしもその全てが現代に当てはまるわけではありません。

それでも2000年以上もの間、馬術の古典として受け継がれてきたのですから興味をそそられます。

例えば、On Horsemanshipでは、第一章の冒頭で若い馬を購入する際の「チェックポイント」について、こう書かれています。

「馬を購入する際には、第一に蹄に注目して肢の検査をすべきである」。

まさに「蹄なくして馬なし!」

紀元前以来2000年以上もの間、少しも変わらないのです。

しかもそれを書に残しているのですから侮れません。

この他、馬の扱い、トレーニング、厩舎の設備から運営、馬丁や騎兵の教育に至るまでの基本が簡潔に記され、その原理原則は普遍的なものです。

さらに、Hipparchicusでは、リーダーに求められる資質や能力、然るべき姿勢に加え、馬と騎兵を率いることの厳しさと喜びについても語られています。

「馬を扱う人が、馬のことを学ぶことは当然のことなのです」と説いたクセノフォンの馬哲学を、秋の夜長に紐解いてみてはいかがでしょうか。

 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。