数えるのも憚られますが、今から20年程前、私はモンゴルで馬に乗る機会を得ました。

調べてみると、モンゴル国に日本国大使館ができたのが2004年。

どうもそれ以前のことだったのだと改めて知り、驚きながらも馬旅の思い出話を一つ。

当時は「珍しい国へ行くツアー」がちょっとしたブームだったのか、決して便利とは言えない国ばかりを訪ねている友人から「モンゴルで馬に乗ろう!」と誘いを受けました。

聞けば、一日中馬と過ごせると言うのです。ただし、寝食はゲル(=モンゴル遊牧民の移動式住居)。

中学時代の野外学習では、テントが嫌で寝られず、お腹が痛いと救護用ロッジに泊まった私を知る友が、なぜ野宿するツアーに誘うのか??と不思議に思いつつ、それでも馬と聞けば無下に断れないのも正直な気持ち。

そして、「ミルキ、思う存分、馬で大草原を走ってみたくない?」という言葉に思わず、「走ってみたーい!」と友の思う壺にハマり、モンゴル行きが決まったのです。

結果は触れ込み通り。朝から晩まで馬の背に揺られ、遠くに見えた丘までもあっという間。馬場では経験できないスピードで走っても走っても草原はまだまだ続き、夜になれば満点の星空。ゲルは予想以上に快適で、朝はブルブルと鼻を鳴らす馬たちの音で目覚めます。

食べ物は質より量!! お腹は満たされ、「洗顔用」と渡された水が砂混じりだったり、一週間お風呂に入らなかったり、緊張と急な冷え込みに喘息のような症状が出たりというも、今とはなっては良い思い出。兎にも角にも、大草原の馬旅を満喫したのですが、ただ一つ、心残りがありました。それが、馬の睡眠についての話題でした。

現地で馬を調達してくれたのは、遊牧民の若者でした。彼は「馬術」にも熱心で、障害馬術を知っているか?この馬は120cm程の障害物を飛ぶんだ!(彼らの小柄な馬にとっては大障害!)日本では拍車を使うのか?等々、身振り手振りで話をしてくれます。

というのも、モンゴル人の通訳の方は、特別馬に詳しい訳でも無く、仮にモンゴル語では理解できていたとしても、それを日本語に訳するのは容易ではありません。

それでも馬上では通じ合い、「あの木まで競走だよ!」と青春ドラマのような駈けっこもしてくれました。

そんな彼に先導されながら、日本人ばかり6名程のグループでハックに出かけた最中、彼がクイズを始めました。「馬はどうやって寝るのか知っていますか?」

皆が思い思いの答えを口にする中、「ミルキーは知ってるよね?」と名指しされたので、堂々と「横になって寝るよ!」と答えると、彼より先に通訳の方が大爆笑。もちろん続いて彼も大爆笑。「それは、犬でしょ~」と馬鹿にされ、さらに続けて「日本の馬は犬なんじゃ無いの~!」と二人して笑いの止まらない様子。

流石に「しつこい!」と思い、少しムッとしていると、少し笑顔を抑えながら「日本には狼が居ないからね!」と話し「でも、馬は立って寝るんだよ」と教えてくれました。

とは言え、私の知っている馬たちは、絶対に横になって寝るのです!

毎朝、馬房を掃除した後には「気持ち良い~」と言わんばかりに、サラサラのおが屑に顔まで付けてゴロゴロしています。いびきをかく馬もいれば、夢を見ながら肢をバタバタさせる馬もいます。中には、寝すぎて寝ダコができるほどのツワモノもいます。

どうしても納得できず、帰国するとすぐに調査開始。

正解は「馬は立ちながら眠ることができる」。これは、馬に限らず草食動物の多くが身体の構造上、立った状態でも脳と身体を休めることができ、短く浅い睡眠を繰り返します。

と同時に、

「身体を横にして寝た場合には、短時間で深い睡眠を得ることができる」

のだそうです。

そして、この「短時間」こそが環境によって左右され、モンゴルのような家畜でありながらも「放し飼い」の状態、つまり敵の来襲が予想される状態であれば1~2分、長くとも10分程度。厩舎で飼養されている状態であれば、環境に適応すればするほど、横になる時間が長くなる傾向にあると考えられています。

もう一つ、特徴的なのがグループで休むことです。モンゴルの草原ではもちろんのこと、自然に近い状態で放牧されている馬たちを眺めていると、気の合う者同士が自然と身体を寄せ合い、ジッとしている姿が度々みられます。

当然、これもまた敵から身を守り生き延びる工夫の一つ。安全性をより高めるために、誰かが見張り役を務めるのです。場所を変え、監視役を交代しながら、お互いに休息を取り合う。そんな助け合いの精神こそ、馬は優しいと感じる所以かもしれません。

ただ、面白いのは「馬の睡眠」を日本語で調べるのと英語で調べるのでは、答えのニュアンスが些か異なります。

日本では、馬が立ちながら寝ることも横になって寝ることも並列なのに対し、英語では馬はあくまで立って寝るのが基本。中には、本来馬に深い睡眠は必要無く、浅い睡眠とsnoozing(=居眠り)程度で十分だと記されている物もありました。

「馬の睡眠」。それは、人と馬の長い歴史であり、人と馬との関係を示す証なのかもしれません。

そして、まるで子どものように、狭い厩舎いっぱいに大きな身体を横たえて、安心仕切った様子で夢を見ている愛馬の姿に、今日も精一杯、世話を焼きたくなるのが、私の日常です。

 

 

MILKY KORA

馬ジャーナリスト / Maraque編集長。京都生まれ。
幼い頃から馬術を嗜み、乗馬専門誌の編集を経て馬ジャーナリストとして独立。2010年に世界最高峰のホーススポーツを伝えるEquine Journal Maraqueを、さらに2014年にはより専門性の高いMaraque for Professionalを創刊。現在は日本で唯一のホーススポーツ専門誌として発行を続ける傍ら、ライダーのマネジメントや馬イベントの開催など馬に関する幅広い活動を行っている。